将棋世界2005年11月号、羽生善治四冠(当時)の「プロ試験の意義」より。
アマとプロの差が大きいと言われていた将棋界だが近年はその傾向が薄らいでいる。これは他の世界でも言えるのだが、アマ、プロ間の垣根が低くなっていることが大きく関係していると思う。数多くの公式戦にも参加をしているし、アマ強豪の人と一緒に研究会をやっているプロもいるようだ。
奨励会という制度はある意味で技術の囲い込みをしている訳で、その中で着実にレベルを上げて、外には流出しないようになっていた。
しかし、前述のような現象でアマチュアの人でも熱心に研究、実戦を続けていく人はプロとはほとんど変わらない条件になってきた。
これではアマチュアの人達のレベルが上がるのは当然だと思う。
もちろん、将棋の他に仕事や学業を抱えながら続けるのはとても困難なことなのだが…。
瀬川さんはその中でも突出している存在で公式戦における7割という結果はとても重いことだと思う。
私は奨励会という制度を否定するつもりは全くない。
人材を集めてその中で切磋琢磨をしながら実力を伸ばしていくことを考えればとても自然なことで、そして、年齢制限があるというのも何歳が最適かという話は別にして歯止めをかけるには必要だとも考えている。
ただ、現在では事実上、10代の時に将棋を覚えてなければプロになれない仕組みになっている。
確率的には低いのかもしれないが、将棋と出会う時機は人によって大きく異なるものなので、遅く始めた人にもチャンスがあるという方がより公平なのではないかと考えている。
たとえ、その条件がかなり厳しくても現行制度を補完する何かがあった方がより現代にマッチしているし、瀬川さんの活躍というのはそういったことを考える上で大変、大きな契機になったことは間違いない。
61年ぶりにプロ試験が実施されることもあって世間からも大きな注目を浴びている今回の六番勝負だが、今後、どのような方向性を目指すかという意味でも大きなターニングポイントになっている。
さて、この六番勝負だがここまではプロ側の出来のよさが際立っている。
本来ならば大きなプレッシャーがかかって力を発揮するのが難しい状況なのだが、注目を浴びているところが逆に良い方向へ作用しているようだ。
瀬川さんも力を出していると思うが、今回の相手はバリバリのA級八段、流石に厳しかったように思う。
しかし、今までと同じように指していけば3勝をする可能性もかなりあると思う。
いずれにしても大事なのはこれからの一局、一局なのは間違いない。
佳境を迎えたこの六番勝負。これからますます目が離せない。
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瀬川晶司氏プロ編入試験六番勝負第3局〔○久保利明八段-瀬川晶司アマ●〕が終わったタイミングで書かれている。この時点で瀬川アマ(当時)が1勝2敗。
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「確率的には低いのかもしれないが、将棋と出会う時機は人によって大きく異なるものなので、遅く始めた人にもチャンスがあるという方がより公平なのではないかと考えている。たとえ、その条件がかなり厳しくても現行制度を補完する何かがあった方がより現代にマッチしている」は、たしかに合理的な方法であり、非常に説得力がある。
当時は、プロ編入試験には疑問を呈する声が少なからずあったのは確かだが、今更ながら、羽生善治四冠(当時)の先見性と課題形成力と見事な論理的思考には驚かされる。