第31期竜王戦第3局対局場「鹿島神宮」

羽生善治竜王に広瀬章人八段が挑戦する竜王戦、第3局は茨城県鹿嶋市の「鹿島神宮」で行われる。

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鹿島神宮は、日本建国・武道の神である「武甕槌大神」を祭神とする、神武天皇元年(紀元前660年)創建の由緒ある神社。

全国にある鹿島神社の総本社でもある。

〔昼食予想〕

前夜祭が新仲家(鹿島神宮大鳥居前)で行われるので、新仲家のメニューを見てみたい。

新仲家のメニューは、海老フライ定食、天ぷら定食、うな重定食、幕の内弁当、刺身定食、焼き魚定食、和定食、特製鹿島灘沖生しらす沖漬け丼など。

予想は次の通り。

羽生善治竜王
一日目 特製鹿島灘沖生しらす沖漬け丼
二日目 うな重定食

広瀬章人八段
一日目 海老フライ定食
二日目 天ぷら定食

 

酉年生まれ棋士の大活躍

昨日、斎藤慎太郎新王座が誕生した。

斎藤新王座が誕生 3勝2敗で初タイトル、将棋王座戦(日本経済新聞)

今年に入ってから酉年生まれの棋士の活躍はめざましく、

3月、山崎隆之八段がNHK杯戦で優勝

5月、高見泰地叡王誕生

6月、渡部愛女流王位誕生

そして10月の斎藤慎太郎王座。

今年のタイトル奪取は、豊島将之二冠以外はすべて酉年生まれの棋士。

女流王座戦で挑戦中の清水市代女流六段、倉敷藤花戦で挑戦する谷口由紀女流二段も酉年生まれ。

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今年、これらの動きとは別に(動きが起きる前に)、将棋界に「酉年の会」が発足した。

毎日新聞では、佐藤康光九段を会長として酉年の会が発足したと報道している。(幹事長的な役割は田中寅彦九段)

将棋 B級1組 山崎八段 今期5勝1敗、好調持続 酉年の棋士多数「会」発足(毎日新聞:有料記事なので途中までの表示になります)

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もちろん「酉年の会」発足と酉年生まれ棋士の活躍はお互いに因果関係はないが、同じタイミングというのが面白い。

「酉年の会」発足のきっかけ→佐藤康光九段「酉年の会も面白そうだなあ」

 

第66期王座戦第5局対局場「常磐ホテル」

中村太地王座に斎藤慎太郎七段が挑戦する王座戦、第5局は甲府市の「常磐ホテル」で行われる。

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常磐ホテル」は、日本旅館の感性と都市型ホテルの利便性を兼ね備えたホテル。皇室の利用も多く、甲府の迎賓館と呼ばれている。

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〔常磐ホテルでの昼食実績〕

常磐ホテルでのタイトル戦の昼食実績は次の通り。(将棋棋士の食事とおやつによる。タイトル・段位は当時のもの)

2017年名人戦第6局

佐藤天彦名人 ○
一日目 天ぷらそば
二日目 甲州牛のビーフカレー

稲葉陽八段 ●
一日目 甲州牛のビーフカレー
二日目 松花堂弁当

2015年竜王戦第5局

糸谷哲郎竜王 ●
一日目 松花堂弁当
二日目 てんぷらそば定食

渡辺明棋王 ○
一日目 カレーうどん
二日目 松花堂弁当

2015年王座戦第5局

羽生善治王座 ◯
昼食 五目チャーハン
夕食 ミックスサンドイッチ

佐藤天彦八段 ●
昼食 信玄鶏と秋の茸の親子丼
夕食 ミックスサンドイッチ

2014年王座戦第4局

羽生善治王座 ●
昼食 国産うなぎ蒲焼重
夕食 おにぎりセット(梅・おかか・昆布)

豊島将之七段 ◯
昼食 五目チャーハン
夕食 おにぎりセット(梅・おかか・昆布)

2013年王座戦第5局

羽生善治王座 ◯
昼食 天津丼
夕食 天ぷらそばセット

中村太地六段 ●
昼食 松花堂弁当
夕食 海鮮丼

2011年名人戦第7局

羽生善治名人 ●
一日目 天ぷらそば・いなり寿司
二日目 松花堂弁当

森内俊之九段 ◯
一日目 天ぷらそば・いなり寿司
二日目 カレーライス大盛

2008年名人戦第5局

羽生名人、森内九段とも、
一日目 天ざるそば、いなり寿司
二日目 肉うどん、焼おにぎり

この対局は、森内九段が勝っている。

〔昼食予想〕

両対局者とも甲州牛のビーフカレーと予想したい。

中村太地王座
昼食 甲州牛のビーフカレー
夕食 海鮮丼

斎藤慎太郎七段
昼食 甲州牛のビーフカレー
夕食 おにぎりセット

原田泰夫八段(当時)「だが、自己嫌悪に陥るほど終盤が弱い。プロには弱い、連敗。人生の一区切りの時節になった」

近代将棋1982年4月号、原田泰夫八段(当時)の「棋談あれこれ」より。

関西将棋会館

 2月1日、小林六段と昇降戦があり、正月末日大阪へ。新しい関西将棋会館に二泊、大変いい気分であった。京都、大阪の講演旅行の折には時間がなく、今回が初めてであった。千駄ヶ谷本部で数日前に花村さん(九段)に行き方を教わった。「新大阪から電車でもいいが、車をおごればいいでしょう」車はいつでも利用できるので環状線で福島駅へ。なるほど、駅から歩いて2分、分りやすい。五階建て、レンガ色の堂々たるビル、土地購入費と建設費を合わせて約7億円、改めてご賛助いただいた皆様に感謝した。

 大山会長、有吉、板谷両理事はじめ関西在住棋士の努力とご苦労を感謝した。会員の一人として建設基金、募金運動に積極的に協力すべきだが、今回は自然流の少額で勘弁願った。

 有力ファンに何回お願いしたことか、少額でも人様の尊いお金を頂戴することはやさしいことではない。四の橋の若松寺から中野昭和通りの照国道場を購入の時、千駄ヶ谷の土地購入、はじめて和風建築の時、東京会館再建の時「一生一度のこと、本部にご寄附を、これも”界・道・盟”のためですから―」同じことを同じ方に何回も何回もお願いするのは、いかに心臓が強くても気がひける。

 東京で関西のことを、大阪で東京のことを各界にお願いすることは大仕事、少々体験したので奮闘した皆さんのご苦労がよく分る。何もしない人がアラを探して文句を言う傾向がある。立派に完成したことを喜んだ。

 二階の将棋クラブは大入り満員「珍らしいね、原田八段だ、いつも和服だ」「勝負師には見えない、宗匠か、坊さんだね」とかなんとか、皆さんはパチパチ指しまくっていた。

 当日は日曜なので特別に入場者が多かったのか、道場は成功だ。もっとも現在、千円以下で一日楽しめる席がほかにあるだろうか。「免状、認定状獲得戦」のり張り紙、会館完成記念、毎月第3日曜、5戦全勝または4勝1敗2回の成績で免状(有段者)4勝1
以上で認定状(級位者)無料贈呈。

 参加費(受験料)級位:千円。初・弐段:2千円。参・四段:3千円。五段:4千円。

 正式な初段免状料は1万8千円なので、右は本部がファンに感謝した大サービスである。三階の宿泊室はホテルなみ、新しいので気分がよかった。翌日は五階で対局した。

「江戸城本丸黒書院」ここで先般、二上棋聖-加藤十段の棋聖戦が行なわれた。内藤九段-酒井四段と小林六段-原田戦。千駄ヶ谷の特別対局室より、関西の「黒書院」が遙かに上等だ。「ここを借りると一日10万円だそうですよ」と内藤さん。予算のある各界将棋部は話しのタネに黒書院で将棋会を開催していただきたい。東京でも大阪でも近代的なビルができて結構だが、人件費、維持費が多くなる。建物を活用、普及面に力を入れて増収をはからなければならない。

(中略)

 大駒指導は20代、30代時代より現在がうまくなった。だが、自己嫌悪に陥るほど終盤が弱い。プロには弱い、連敗。人生の一区切りの時節になった。

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花村元司九段の「車をおごればいいでしょう」という言葉が粋な感じがする。

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「何もしない人がアラを探して文句を言う傾向がある」

これは本当だと思う。

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昭和60年代まで東京と大阪の連盟道場で「免状、認定状獲得戦」が行われていた。

5戦全勝または4勝1敗2回で免状が無料。3勝2敗なら通常の免状料。

私が生まれて初めて連盟道場へ行ったのも、初段の免状獲得戦にチャレンジしようと思ったから。

非常にモチベーションの上がる企画だった。

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「だが、自己嫌悪に陥るほど終盤が弱い。プロには弱い、連敗。人生の一区切りの時節になった」

順位戦ラス前の頃。

原田泰夫八段(当時)が引退をほのめかした瞬間だ。

 

森安秀光八段(当時)「明日の作戦ですが、▲7六歩なら△3四歩と角道を突きます」

近代将棋1982年4月号、原田泰夫八段(当時)の「棋談あれこれ」より。

 棋王戦は共同通信社が東京でお世話役をして、地方の有力社が支えて掲載している。地方社の中では原田の郷里の新潟日報社が、毎年第3局を新潟市で設営、立会解説役にあてて下さる。

 第3局、3月5日、新潟市「室長」旅館。

 4日前夜祭は大和デパートで。森安八段は大阪から、原田は羽田から飛行機で、米長棋王は月岡温泉で一泊静養の由。月岡はなつかしい、昭和19年、両雄が生れない前に原田兵卒は新発田連隊へ、月岡方面へ行軍、かけ足で鍛えられた。農村漁村の同年兵にはとてもかなわない。田舎青年は身体の出来が違う。

 軍隊は強者を標準にするので、将棋四段は「アゴ出し原田」上官、戦友がかばって下さった。そんな昔しを想い出した。

米長「新潟では勝ったことがありません。明日はなんとか―」

森安「関西から棋王戦の挑戦は初めてなので、なんとか―明日の作戦ですが、7六歩なら3四歩と角道を突きます」

 米長さわやか流の挨拶、話しのうまさは定評がある。森安八段も実に楽しい話しであった。原田はこの際、森安流に別名を呈したかった。とっさの思いつきで「七転八起流、だるま流」はいかがと提唱したら拍手があった。森安八段も「だるま流はいいですね」とご満悦の顔であった。達磨は愛嬌があり強い。

 全棋士中、一、二の人気者の米長さわやか流のことは誰もが知っている。森安だるま流は新潟は初めて、ファンも初対面。「いい男、いい感じの先生」と好評。将棋が強くても人間を嫌われては困るが、共に皆さんに愛されていた。

 将棋は7六歩 3四歩 6六歩 3五歩の出だし、後手番の森安だるま流の三間飛車、米長さわやか流の6、7筋位どり戦法。中盤では僅かながら「だるま流、さしやすし」の感じがした。飛車の小びんと、玉の小びんに手をつける面白い場面で、米長棋王が奇術の如き手順の妙を示して一挙に有利になった。七転八起の粘りがきかない局面、森安だるま流の無念を察した。何か、見落しがあったようだ。

 過去、新潟場所では3戦3敗だった棋王が会心の逆襲で快勝、ご気嫌であった。大盤解説は大和デパート「出会いの広場」で、存分に弁じた。この模様を、「話かご」、「窓」欄で2回もほめていただいた。大満員の会場が浮かび好意的ファンと新潟日報社に厚くお礼を申し上げたい。棋王戦もなかなかの人気で結構である。

○「第1回アマ女流棋聖戦」は3月14日、箱根の「彫刻の森ホテル」で行なわれた。本部とサンケイ新聞社の共作、コーセー化粧品会社協賛。箱根在住ファンは善人で奉仕精神が強い。2月に「箱根名人戦」の世話をして、一ヵ月後にまたまた準備をして下さった。

 将棋道の普及は有力ファンの善意で、どれほど盛んになっていることか、箱根と形は違うが各地で各種の催しが続いている。

 総平手。4番戦。A、B級とも点数制。午前1時から午後4時まで。閉会は午後5時。”待ったはしないように。二歩、二手、王手を忘れた場合は、悪意なき過失とみて許しあう。淑女的、いい想い出の将棋会”を申し合わせて開始、あと味のいい、はなやかな棋会。原田、蛸島女流名人、多田二段が指導将棋、中井広恵嬢も出席。大広間で約30人が熱戦を演じた。

 優勝は群馬県太田市の山田久美さん、15歳、市立宝泉中3年が優勝「アマ女流棋聖」を獲得、後日、二上棋聖と二枚落の対局がある。山田さんと平手でお相手、林葉嬢、中井嬢にも劣らない棋才を感じた。西村七段門下になるという。立派な先生に学び、近い将来の女流名人、王将も決して夢ではない。しとやか流の美少女に幸あれ。

 サンケイ本社の福本担当は今秋に関西将棋会館でも「アマ女流棋聖戦」を開催して、東西決戦で盛りあげたい由、まことに結構な読み筋である。彫刻の森ホテルはサンケイグループ、将棋会の後「わたしたちは、ゆっくり泊まって温泉に入ったり、将棋を楽しんだりして行きます」人生を楽しむ令夫人たち、箱根ファンには、あの山、あの緑、鳥のさえずりが聞こえてくる。

(以下略)

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森安秀光八段(当時)が「だるま流」と呈された瞬間と山田久美アマ(当時)の将棋界デビュー直前の頃。

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将棋のアマ女流棋聖戦をネットで調べても何も出てこない。この記事を書けば、いずれはGoogleなどで検索できるようになるだろう。

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アマ女流棋聖戦に協賛のコーセー化粧品(現在の株式会社コーセー)は原田泰夫九段が稽古を行っていた会社。

株式会社コーセーに将棋ペンクラブ大賞の協賛をしていただいているが、これも将棋ペンクラブ名誉会長だった原田泰夫九段とのご縁によるもの。有り難いお話だ。

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「明日の作戦ですが、▲7六歩なら△3四歩と角道を突きます」

森安秀光八段(当時)は振り飛車党なので、後手番なら2手目は△3四歩以外考えられないのだが、作戦をこのように表現するのも面白い。