先崎学四段(当時)「羽生君ならどっち持っても勝っちゃうんじゃないの」

将棋世界1989年7月号、羽生善治五段、森内俊之四段、先崎学四段の第47期名人戦第2、3局「次代の候補達が見た谷川VS米長の名人戦」より。

=第2局=

先崎 1局目に続いてこの将棋も矢倉ですね。次の第3局も矢倉でしょ。もっといろいろな戦型が見られると思っていたんですけどね。

森内 米長先生としては、得意な形で戦おうという作戦なんでしょう。

羽生 谷川名人の方も、矢倉になれば米長先生が急戦を狙って来ることが十分予想できますから▲6八玉~▲7八玉とする玉の早囲いには出ずに、まずはガッチリ矢倉を築いて戦う序盤作戦ですね。

(中略)

羽生 そうですね。この変化は納得です。でも、他にも▲3二銀と打ち込む手もありますし。難しいでしょう。

森内 そう簡単に後手が勝てるというわけにはいかないと思いますけど。

先崎 羽生君ならどっち持っても勝っちゃうんじゃないの(笑)。

羽生 ここは米長先生の△7八銀を言うより、谷川名人の次の一手▲2四歩を見るべきだと思います。この一手には感心させられました。

(中略)

―第2局を振り返ってみての感想をお願いします。

先崎 全局的には激しい戦いで面白い将棋だったと思いますが、最後のポカッと抜けてしまっているところがあったのは残念。

森内 二人とも本調子ではないのではと感じました。力のこもった熱戦の勝敗を決めたのが、読み落としにあったというのは……ボクも先崎君と同じ気持ちです。

先崎 時間はいっぱいあるのにねえ。もっとしっかり読めるはずなのに。羽生君なんか、自分が出ればもっとちゃんと読めると思ってるでしょ(笑)。

羽生 二日制で持ち時間が多いのは読むためにはありがたいことですが、二日間、緊張を持続することは大変と思います。これは、二日制の経験のないボク達としてもこれからの課題だと思います。

(中略)

=第3局=

森内 3図では、米長先生の方がうまくいっているというか、ペースだと思ったんですよ。本譜は3図で▲4三歩とたたいたんですけど、▲4八飛と回っていればどうかな。

羽生 △8五飛と走ると?

森内 ▲9七桂△8二飛▲8三歩△同飛▲8五歩。

羽生 ふーん。何となく手順をつくしたという感じですねえ。

森内 先手のペースという感じがするんですけど。次に▲5五銀と出ればおしまいですからね。

先崎 ▲8三歩~▲8五歩は細かい。▲4八飛ねえ。そんな手をひと目で発見するとはなかなか。

森内 テレビで見てたんですよ(笑)。

先崎 見てたのか!何だアンチョコがあったのか(笑)。

(以下略)

将棋世界同じ号より。

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「羽生君ならどっち持っても勝っちゃうんじゃないの」

「羽生君なんか、自分が出ればもっとちゃんと読めると思ってるでしょ」

という先崎学四段(当時)の緩やかな挑発を、羽生善治五段(当時)が、何事もなかったようにスルーしているところが可笑しい。

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「テレビで見てたんですよ」という森内俊之四段(当時)も、森内九段らしさが発揮されている。

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「二日制で持ち時間が多いのは読むためにはありがたいことですが、二日間、緊張を持続することは大変と思います。これは、二日制の経験のないボク達としてもこれからの課題だと思います」

後に二日制を史上最も多く経験することになる羽生九段の、歴史的な意味で非常に貴重な言葉だと思う。

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アンチョコは、「安直」が変化した言葉らしく、手軽に見ることができる虎の巻のようなものを指している。

恥ずかしい話だが、これまでアンコとチョコレートの合成語が語源だとばかり思っていた。