中原誠十六世名人の「鬼の右桂」

将棋マガジン1986年7月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

 中原の表情はいつもと変わらない。将棋も明解で、桐山の金をそっぽへやって早くも指しやすい。

(中略)

 そのうち、テレビに映っていた局面が急変した。

14図からの指し手
▲7二歩△同飛▲3七桂△2四金▲2五歩△3四金▲5三歩成△同銀▲4五桂(15図)

 十段リーグの初戦である。かなり重要な対局のはずだが、それにしては桐山の腰が軽かった。負けたらお終いのトーナメントを勝ち抜き、リーグ戦に入ってホッとしたのかもしれない。

 中原は気持ちよく▲7二歩とタラす。料理の前の下ごしらえでる。桐山はあっさり△同飛と取る。これで▲6三角の味が生じた。

 こうしておいて▲3七桂。これが中原の「鬼の右桂」である。この桂が飛んだときの中原は天下無敵だ。

 桐山は△2四金と逃げたが、△2六金と出るのは、▲4五桂△5二歩▲3三歩△同桂▲4四角で後手敗勢。▲4四角と出た手が金取りになる。

 さて、中原が▲2五歩と打てば、桐山はすぐ△3四金と寄った。記者室がざわめいたのはこの場面である。

 1分もたたないうちに、テレビの画面に白い手がノビた。それがすっと引っ込む。中原が指しかけてやめたのである。気持ちが判るからみんな笑った。あんまりうますぎる、待てよ、というわけだ。それも瞬間のことで、指しかけた▲5三歩成が指された。以下▲4五桂の15図まで、あっけなく終わった。

 局後中原は「△3四金で△1四金と逃げたら」と言った。桐山は「そんな手は指せませんよ」と笑ったが、それを真面目な顔で言うところが中原らしい。

 15図以下は説明するまでもなかろう。こんなに見事に技が決まるのは珍しいことである。

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絵に描いたような、あまりにも鮮やかで見事な決め技。

▲4五桂(15図)に△同金は、▲同銀△同歩▲2二角成△同金▲6三角がある。

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たしかに、△3四金で△1四金と逃げたらどうなるのか、気になる。