羽生善治棋王(当時)「これで20連勝、もちろん自己新記録で自分でもどこまで続くかと思ったのですが、22で止まりその後3連敗、なかなか厳しいものですね」

近代将棋1992年11月号、羽生善治棋王(当時)の第40期王座戦五番勝負第1局〔対 福崎文吾王座〕自戦記「幸先の良いスタート」より。

将棋マガジン同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

 今期の王座戦はツキに恵まれていた。

 どの将棋も内容的には押されていたし苦しい試合が多かった。

 私のタイトル戦挑戦は1年半ぶりと言うことでそんなに時間がたってたの? という感じだ。

 それにしても時が流れるのは早いもので、あっと言う間に1年が過ぎてしまう。

 たまには立ち止まって過去を振り返り、未来を見つめる時間が必要なのかもしれない。

 そうでもしないとこのままだらだらと年をとって行くだけという気がする。

 さて、この第1局は東京・紀尾井町の福田家で行われた。

 福田家と言えば今まで数々の名勝負が演じられて来た対局場。

 私は福田家に行くのは初めてであり非常に楽しみにしていた。

 上智大学のキャンパスのすぐそばにあるせいかもしれないが、都内とは思えない閑静な場所にある。

 対局前日の夕刻に福田家に着き前日祭まで時間があったので部屋で休んでいた。

 部屋から外の景色をぼんやりと眺めていると、蝉の声が聞こえてきた。

 あふれる自然に蝉の声。

 私は何だか田舎に遊びに来た錯覚に陥ってしまった。

 そう言えば明日から五番勝負が始まるのかと他人事のように考えた。

 さて、対局当日、第1局は振り駒なので特に作戦は立てなかった。

 先手番になったので最近多用している相掛かりで行くことにする。

 福崎王座の対策に注目していたが、1図のように先手に端を突き越させるものだった。これは最近では珍しい指し方で、ここ3年間で10局あるかないかという形だ。

 端歩を受けるのが定跡から常識になりつつあったので意外だった。

 そう言えば福崎王座の持っていた扇子には”温故知新”と書いてあった。

 何か研究があるのかもしれないと思いつつも平凡に駒を進めて行くことに決めた。

 研究にはまるのは怖いがその手がどんな手か知りたいし、臆病風に吹かれて弱気になると後悔することも多いし作戦負けにもなりやすい。

(中略)

 これで幸先の良いスタートとなったが、五番勝負はまだまだ長く、どうなりますか。

 それから、これで20連勝、もちろん自己新記録で自分でもどこまで続くかと思ったのですが、22で止まりその後3連敗、なかなか厳しいものですね。

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将棋マガジン1992年11月号、真部一男八段(当時)の第40期王座戦五番勝負第1局観戦記「何が飛び出すか」より。

 羽生がまた勝ち出した。今期緒戦に敗れたものの、その後負け知らず、この対局まで何と20連勝、通算20勝1敗、9割5分を越える勝率である。連勝の方はこの将棋に勝ち、さらにもう一局勝って22まで伸ばしたが、次の桐山九段に敗れて、神谷六段の持つ28連勝の大記録には及ばなかったものの、塚田八段と並ぶ歴代第2位の記録を残した。

(中略)

 福崎文吾は異色の棋士だ。異能というべきかともかくデータ重視の現代将棋の中で、彼独自の表現を用いて時としてタイトル奪取を成し遂げる。

 道しるべのない道を歩こうとするのであるから当然消耗も多いはずで、常に高いアベレージを挙げるのは難しいかもしれぬが、それは棋風の持つ宿命であり彼の魅力につながっている。

 この王座戦五番勝負も、常識的に見れば現在絶好調の羽生に乗りたいところだが、相手が福崎となれば何が飛び出すかわからない期待を抱かせる。

 現にこの将棋には敗れたものの、10日後の9月11日B級1組順位戦の第5ラウンドで両者は激突し、羽生は痛い黒星をつけられている。

(中略)

 羽生は多彩な技を持ち、居飛車が主体ではあるが時に振り飛車を実験してみたりしている。いかにも将棋と親しんでいる感じで、これまでもそうであったろうがこれからの数年が彼の将棋人生に於いて、最も楽しい期間であるかもしれない。

 本局は飛車先交換型の急戦調を採用した。福崎はかつてその名を世に知らしめた振り飛車穴熊をほとんど指さず、すっかり居飛車党に変身したようである。

 いつだったか彼があまり成績のあがらない時にファンから、あなたは穴熊しか出来ないのかと言われて発奮し、居飛車を指し続けた。

 なかなか思うような将棋が指せないでいると、今度はどうして穴熊をやらないのかと言われる。私はいったいどうしたら良いのでしょう、と笑いながら話していたことを思い出す。

 ユーモアのある男なのだ。

(中略)

将棋マガジン同じ号より、撮影は弦巻勝さん。

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「私のタイトル戦挑戦は1年半ぶりと言うことでそんなに時間がたってたの? という感じだ」

この時点では、羽生善治棋王(当時)のタイトル戦出場は5期目。

竜王戦挑戦(獲得)→竜王戦防衛戦(失冠)→棋王戦挑戦(獲得)→棋王戦防衛→王座戦挑戦という流れ。

七冠に向けて、この王座戦から猛ダッシュが始まる。

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「たまには立ち止まって過去を振り返り、未来を見つめる時間が必要なのかもしれない。そうでもしないとこのままだらだらと年をとって行くだけという気がする」

今から見ると、羽生九段がこのようなことを考えていた時期もあったのかと、意外な感じがする。

このような思いになったのは、この時が最初で最後だったのかもしれない。

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「研究にはまるのは怖いがその手がどんな手か知りたいし、臆病風に吹かれて弱気になると後悔することも多いし作戦負けにもなりやすい」

その手がどんな手か知りたいし、という好奇心、探究心が羽生九段の強さの原動力のひとつ。

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「道しるべのない道を歩こうとするのであるから当然消耗も多いはずで、常に高いアベレージを挙げるのは難しいかもしれぬが、それは棋風の持つ宿命であり彼の魅力につながっている」

福崎文吾九段の魅力の原点が鮮やかに描かれている。

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「これで20連勝、もちろん自己新記録で自分でもどこまで続くかと思ったのですが、22で止まりその後3連敗、なかなか厳しいものですね」

この時の22連勝は歴代4位タイの記録。

それまでの羽生棋王の連勝記録は18(1987年~1988年)。2005年にも18連勝している。

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「これまでもそうであったろうがこれからの数年が彼の将棋人生に於いて、最も楽しい期間であるかもしれない」

これからの数年という規模ではなく、現在に至るまで、続いていると思う。