近代将棋1995年7月号、中井広恵女流五段(当時)の「棋士たちのトレンディドラマ」より。
棋士の趣味にもいろいろあるが、その中でも多いのが麻雀とカラオケだろう。
麻雀は、対局で夜遅くなった時など、終電がなくなってタクシー使うのももったいないし、家に帰っても、頭が冴えて眠れないし…というのでやる人が多いようだが、カラオケもストレス発散にはもってこいのようだ。
年に一度行われている駒音コンサートもすっかり定着して、毎年多くのファンの方が、クラシック音楽の素敵な音色と棋士達の美声?を聴きに来て下さる。
カラオケは若手の間では、やはりカラオケボックスを利用する人が多いようだ。
先日、テレビ東京の早指し戦で中川六段、屋敷六段と一緒になり、主人と4人で銀座で食事をした。
主人と私は、そのまま失礼することにしたが、彼らは、その後カラオケに行く相談をしている。
二人ともカラオケが大好きで、中川六段はトシちゃんの歌真似が得意で、屋敷六段も流行りの歌を歌う。
しかし、ここは銀座。カラオケボックスは数えるほどしかなく、しかも高い。
二人はわざわざカラオケをする為に新宿に出ることにしたと言うのだが、それが何と、あのオウム事件で新宿が危ないといわれたあの日だから、そこまでしてカラオケするかなぁ…?と主人と話しながら帰ってきた。
でも、上には上がいる。大阪の”姉御”こと鹿野初段が我が家へ遊びに来た時のこと。
「こっち(大阪)では、キツツキ、トマトをよくやるんよ」
キツツキ?トマト?それはいったいどういう遊びなのかと尋ねると、
「ゲームちゃうねん。大阪の棋士は麻雀かカラオケしかしない人が多いのよ。だから”キツツキ”は、例えば麻雀をすると、その後にカラオケ-カラオケ-麻雀のコース。トマトなら、麻雀-カラオケ-麻雀なの」
「えっ、まさかカラオケ-カラオケというのはカラオケのハシゴじゃないでしょ?」
「そーだよ。歌い終わった後、次何する?麻雀かカラオケ、どっちにする?じゃカラオケしょっか…って具合でまた他のお店でカラオケやんの」
これには、そこにいたメンバー全員が唖然。
いくらカラオケが好きでも、ハシゴする気にはならない。それなら一軒のお店でずっと歌ってた方が楽じゃないかと思うが、お店によって機種が違うから、歌う曲も変わるらしい。
しかし、しかし。これで驚いては甘い。東京の女流棋士の横山初段率いる十条組は、8時間カラオケなるものをやっているらしい。
夜中の2時から10時まで歌い放題で一人2,000円というお店があるらしく、今度中井さんも一緒にやりましょうと誘われている。
斎田女流王将も一度参加したことがあるらしい。彼女は駒音コンサートでは絶対歌わないが、実は相当なカラオケ好きだ。
レパートリーも広く、松田聖子から洋楽まで歌いこなす。(私もこんな話ばかり書いているので、彼女には恨まれてるらしい。現に、晴子色のピンクの洋服を着ることが少なくなったようだ)
最初はハリキッてみんな歌っているのだが、しまいに半分寝ながら歌っている状態になるらしい。
それでも一人、晴子ちゃんは元気に歌っていたとか……!?
(以下略)
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「中川六段はトシちゃんの歌真似が得意で、屋敷六段も流行りの歌を歌う」
トシちゃんは田原俊彦さんのこと。
流行りの歌、というと1994年から1995年にかけてヒットした曲だと考えられるが、この頃は、
- 福山雅治 HELLO
- シャ乱Q シングル・ベッド
- TRF masquerade
- SMAP たぶんオーライ
- 篠原涼子with t.komuro 恋しさと せつなさと 心強さと
- 尾崎豊 I LOVE YOU
- DREAMS COME TRUE 未来予想図II
- 藤谷美和子/大内義昭 愛が生まれた日
- 中山美穂 世界中の誰よりきっと
- 松任谷由実 真夏の夜の夢
などが流行っていた。
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「しかし、ここは銀座。カラオケボックスは数えるほどしかなく、しかも高い」
この頃は、銀座にキャバクラも進出していなかった時代。銀座とカラオケボックスというのも、まだかなり違和感があった時代だった。
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「二人はわざわざカラオケをする為に新宿に出ることにしたと言うのだが、それが何と、あのオウム事件で新宿が危ないといわれたあの日だから、そこまでしてカラオケするかなぁ…?」
新宿が危ないと言われたのは、オウム真理教による地下鉄サリン事件の約3週間後、Wikipediaでは4月15日予言と説明されている、4月15日に新宿でテロが起きる危険があるとされていたもの。
銀座から新宿へ行くのは都落ちのような雰囲気もあるが、カラオケの優先度が最も高い場合には妥当な選択だったかもしれない。
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「こっち(大阪)では、キツツキ、トマトをよくやるんよ」
麻雀→カラオケ→カラオケ→麻雀の「キツツキ」、麻雀→カラオケ→麻雀の「トマト」は、普通に考えるとビックリするような流れ。
しかし、昔の自分を振り返ってみると、居酒屋→接待を伴う店→接待を伴う店→居酒屋の「キツツキ」、居酒屋→接待を伴う店→居酒屋の「トマト」を何度かやっていたわけで、そう考えると、麻雀・カラオケのキツツキ・トマトの気持ちも理解できるような感じがしてくる。
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「夜中の2時から10時まで歌い放題で一人2,000円というお店があるらしく、今度中井さんも一緒にやりましょうと誘われている」
午前2時から午前10時までのコースを利用できる人は限られていると思うが、深夜に対局を終わった棋士などにはピッタリの時間帯と言える。
麻雀→カラオケ→カラオケ→麻雀で8時間と、1ヵ所のカラオケで8時間と、どちらの疲労度が大きくなるのだろう。