近代将棋1997年1月号、「寅さんの八面六臂」より。ホストは田中寅彦九段、ゲストは山本直純さん。
田中 そろそろ駒音コンサートですね。今回で何回目の開催ですか?
山本 10回目です。13年ほど前に、将棋好きの音楽人が集まって「日本楽壇将棋連盟」という名前だけ立派な集まりを作り、ここが中心になって駒音コンサートを始めました。初めの頃は数年おきでしたが、1989年から毎年暮れに開くようになって今回が10回目です。
田中 第10回の駒音コンサート。まだ見てない人に簡単に紹介しますと楽壇の将棋好きが集まり、音楽と将棋をジョイントした大イベントです。
山本 元をたどれば、内藤、森安、谷川といった神戸組の面々が半分以上タイトルを持った時代に、放送局が関西で将棋のイベントを神戸文化会館で公開録画を行いました。それがとても成功したので、うちでもなにかやってみたいと思い企画しました。また、当時は内藤先生が「おゆき」をお歌いになり、将棋と音楽の接点もありました。
田中 内藤先生は王位戦のタイトル戦の最中に「内藤九段、勝ってタイに!」と2勝2敗になったことが新聞に報道されました。それを読んだ歌のファンから「なんだ内藤國雄は歌の練習をせず、将棋を指して褒美にタイへ遊びに行っている。将棋になんかうつつを抜かさず、もっと歌をしっかりやってください」というファンレターが来たと笑い話で言ってました。しかし、こんな将棋を知らない一般層に将棋を広めた功績は大ですね。
山本 内藤先生には「オーケストラがやって来た」というテレビ番組に出演していただき、なんと歌謡曲ではなくイタリアン・カンツォーネを歌って下さいました。一芸に秀でる人は何をやっても素晴らしい。そして、なによりもあの方のキャラクターに惚れてしまいました。その後、多くの棋士の先生方と交流があり、なにかおもしろい企画をできないかと考え、将棋の先生方が歌を歌い、こちらは伴奏するという発想から始めたのが、駒音コンサートの始まりです。
田中 これは参加してもおもしろいし、観ていてもおもしろいですね。楽壇の中の将棋の好きな人が集まる。そして、本物のバックと将棋の大盤があり、曲が終わると局面が進み解説が行われる。将棋と音楽を見事にミックスしています。また、楽壇王将対女流王将という企画も恒例でやっていますね。
山本 それが定着して今日を迎えます。その間、欽ちゃん(タレントの萩本欽一氏)等多くの芸能人にもご参加いただきました。
田中 そんな大物の方々がご好意で来て下さっているのは、本当にすごいことだと思います。最初壇上に立ったことを今も憶えていますが、すぐ近くでガーンっと本物の演奏が鳴るのは凄い迫力ですね。音が鳴った瞬間目の前が真っ白になりました。あの感覚は一度やったら忘れられないですね。
山本 オーケストラも将棋のように、それぞれ違った駒キャラクターを持ち、それが合わさって壮大な音楽を作り上げます。また、棋士の先生方にも実際指揮をしていただきました。中原先生、青野先生、最初は大内先生で左手で振りユニークでした。
田中 左利きの指揮者はいないのですか?
山本 世界で3人だったと思います。
田中 将棋指しは意外と左利きの人が多い。夜も左党の人が多い(笑)。そういえば、亡くなった森安九段も一杯引っかけなきゃステージに出られない方でしたね。将棋界もオーケストラのケスを取ったオートラという人が結構いますね。私も大虎の一人です。(笑)
山本 懐かしい話ですね。
田中 加藤一二三さんの「この道」は完璧でしたね。岩淵先生が感動していました。あれが一番喝采を浴びた気がします。それから、観客として来ていた都はるみさんが、「死ぬまでに一度でいいからこんなバックで歌いたい」そんなことを言われました。
山本 ちなみにオーケストラの団体は20ほどあります。そのうち半分くらいが将棋を指しています。もっともみんな縁台将棋で平均初段クラスです。
田中 実際将棋ファンは初段を目指す人が一番多いと思います。段になるか級になるかの境目が一番おもしろい頃でしょう。段位が上がると次第に相手が減って、指せなくなってきてしまいます。
山本 私の若い頃はファンとして将棋を鑑賞できるのは、新聞とラジオ中継で、大山対塚田の名人戦はラジオにかじりついて聞いていました。今は将棋のイベントなどで10秒将棋も観せてくださる。時代はとても変わりました。
田中 そうした時代から始まり、この近代将棋も創刊されたわけですが、一番大変だったのは資源の紙を集めることだったそうです。そしてメディアはラジオと新聞。それから単行本という時代に変わり、現在はいろんなメディアが溢れて多様化の時代になっています。あらゆるところにネットワークを張り、様々な人が将棋に接しています。きっかけを作るには、まず有段者を目指す人に刺激を与えること。将棋は日本の文化ですから頭の片隅に残っている人は多いのですが、実際将棋を指す人は少ない。そこを駒音コンサートでは「あ、将棋っておもしろそうだな」という機会を作ってくださる。これは将棋界への大きな貢献でしょう。これからも末長く続かれることを、そして我々もできる限り協力したいと思います。今回の駒音コンサートは12月19日の午後6時からイイノホールで行われます。入場料は3,000円で全席自由になっていますから、早めにいらしてくださいね。有名な音楽家や棋士が多数出演します。とても楽しみですね。
(以下略)
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年末の風物詩だった「駒音コンサート」が誕生した背景。
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「元をたどれば、内藤、森安、谷川といった神戸組の面々が半分以上タイトルを持った時代に、放送局が関西で将棋のイベントを神戸文化会館で公開録画を行いました。それがとても成功したので、うちでもなにかやってみたいと思い企画しました」
このイベントは、1983年9月に行われた「KOBE将棋フェスティバル」で、NHKで放送された。
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「『なんだ内藤國雄は歌の練習をせず、将棋を指して褒美にタイへ遊びに行っている。将棋になんかうつつを抜かさず、もっと歌をしっかりやってください』というファンレターが来たと笑い話で言ってました」
当時、将棋を知らない一般の方々に、いかに「歌手・内藤國雄」として知られていたかがわかる。
たしかに、「内藤九段、勝ってタイに!」は、将棋に勝った副賞としてタイ旅行へ行っていると思う人がいたとしても、無理はなかったかもしれない。
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「加藤一二三さんの『この道』は完璧でしたね。岩淵先生が感動していました。あれが一番喝采を浴びた気がします」
加藤一二三九段の『この道』は、1984年の第1回駒音コンサートで歌われた。
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「今回の駒音コンサートは12月19日の午後6時からイイノホールで行われます。入場料は3,000円で全席自由になっていますから、早めにいらしてくださいね」
この時、私は初めて駒音コンサートへ行っている。
イイノホールへ入るのは初めてだった。
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近代将棋1997年3月号、「第10回駒音コンサート」によると、当日の進行は次の通り。(段位は当時)
- 舞台挨拶 神吉宏充六段と山本直純さん
- 矢内理絵子女流初段 ピアニストの神野明さんとのピアノ連弾で「ウエストサイドストーリー」
- 佐藤康光八段 「タイスの瞑想曲」
- 楽壇のオーケストラに打楽器で棋士が多数参加する企画…中原誠永世十段(釣りのリールのような楽器)、田中寅彦九段(カッコーの声)、森下卓八段(鳥の声)、中村修八段(笛)、斎田晴子女流三段(小太鼓)、中倉彰子女流2級・中倉宏美女流1級(トライアングル)
- リレー将棋…楽壇選抜(5人)対女流チーム(長沢、高群、斎田、船戸、矢内、碓井、中倉姉妹)解説は青野照市九段。
- 中倉彰子女流2級・中倉宏美女流1級 スピッツ「チェリー」
- 高橋道雄九段 二人のお嬢さんと「ムーンライト伝説」
- 船戸陽子女流初段 ピアノ演奏「LA・LA・LA LOVE SONG」
- 森下卓八段 「色つきの女でいてくれよ」
- 塚田泰明八段・高群佐知子女流二段夫妻のデュエット
- スペシャルゲスト 桂三枝さん
- スペシャルゲスト 『ふたりっ子』野田香子役の岩崎ひろみさん
- 小林健二八段 「宇宙戦艦ヤマト」
- 詰将棋解答
- 鈴木輝彦七段のよるマジック
- 長沢千和子女流三段 「山あじさいの唄」
- 田中寅彦九段 「男はつらいよ」
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オーケストラが多くの人数になることから、このような催しが実現されていたこと自体が奇跡だったのではないだろうか。
山本直純さんをはじめとする様々な人達の情熱が、このような奇跡を実現させた。
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将棋世界2004年10月号、弦巻勝さんの「あの日、あの時。あの棋士と」より。
新宿の2丁目界隈で、酔っ払った山本直純さんとよくお会いして呑みました。
先生は棋士も大好きでとても話が合いました。
お互い酔っぱらいでもどういうわけか認め合い、いつも最後は「へぎ蕎麦屋」の日本酒でアウトでした。直純先生は酔うと、かならずと言ってよいほど片方の靴が無くなって、タクシーを探す頃はいつもピョコタン、ピョコタンと歩いていました。そんな先生ですがコンサートでは棋士をくるみ込むような優しさでいつも指揮していました。
駒音コンサートは昭和59年が第1回目で、数年間中止の時期もありましたが、今年の12月26日に銀座のヤマハホールでまた開催されると聞いています。
将棋の日のイベントは昭和50年が1回目で、旧蔵前国技館を借りて7,000人のファンを動員したんです。本当に凄いイベントでビックリした記憶があります。これからもファンとの交流がますます多くなると良いな~あと思います。
そうそう、棋士の先生方の歌、とても上手いですよ。
将棋と音楽、なんか合うんだよね。今年の暮れ、皆さんも参加してはいかがですか。