羽生善治六冠(当時)「めざせ、算数名人!!」

近代将棋1995年2月号、明石覚さんの「平成棋士バラエティ」より。

 「やっててよかった公文式」。

 こまったことに、僕はここ2、3週間、この13文字が耳に残ってはなれないのだ。気に入った音楽のメロディーが、歌詞とともに耳に残ることはよくあるけれど、CMのコピーとなると、「くしゃみ3回、ルル3錠」以来、久しくなかったことである。

(中略)

 というわけで、羽生名人は「公文式」のテレビCMに出演した。昨年11月初旬から放映され、将棋ファンにはすでにお馴染みのはずだ。

 CM好きの僕は早速、知人のいる電通(広告制作を担当)に赴き、現在放映中である4タイプのCMをじっくりと見た。

 CMには番組スポンサー用の30秒サイズと、スポットCMの15秒サイズとがあり、今回の場合、「百面指し」篇と、「賞状」篇が各2で計4タイプである。

 百面指し篇では、”知”の最前線をいく将棋名人、羽生善治というイメージ。キャラクターが、公文式教育法の実際と見事なまでにリンクして、視聴者への親近感を醸成している。

 長机に整然と並べられた将棋盤。百人の小学生を前にした羽生が、たったの1、2秒で瞬時にひらめいた手を指し、会場内をひたひたと動き回る。

 続けて今度は公文式の答案用紙をチェックして回る。

 「パッと見ると、パッと答がわかる。やさしいところからの積み重ねがあるからです。公文の算数、数学もやさしいところからの積み重ねです。将棋と同じことですね」

 公文式と将棋の核心が鮮やかに凝縮されて百字以内のコピーに収まった。そしてラストのキーワードである「やっててよかった公文式」。

 羽生が両手で掲げた答案用紙。確信に満ち満ちた表情。そこに大きな◯印が打たれ、羽生の顔がほころぶ。それは公文式のOB、羽生善治ならではのゆとりなのだ。

 「将棋の天才、羽生名人ってまだあんな若いの。将来が楽しみだよね」

 と、見る側に夢とロマンを与える。明るい画面、テンポのいいBGM、過不足のないコピーと相俟って良質のCMに仕上がっている。

 賞状篇は羽生のタイトル獲得歴をコマ送りにし、公文式卒業の年度を掲げて締める。

 羽生名人を紹介し、知名度を高めることによって、公文式の優秀性を訴求するのに結びつけている。派手な仕掛けはないものの、羽生名人入門篇の佳作といえよう。

 CM収録は10月12日に行われた。竜王戦第1局のパリ行きを前にし、過密日程を縫ってのことだった。時間は朝の9時から夜の10時まで。休憩を除いても10時間に及ぶデスマッチだ。収録に立ち会った電通第1CD局参事の曽我充氏は、

 「羽生さんは本当に気持ちのいい人です。我々スタッフに対して思いやりがあるというか、予定時刻を大幅に過ぎても、文句ひとつ言わずに協力してくれました。名人はCMとして華があります。それは天性の華ですね」

 CM初出演の羽生名人は、

「CM撮りはカット割りで、それぞれの場面を非常に細かく区切って進めていきます。百面指しは、セットの組み換えで時間を費やしましたね。1日を通じて制作側の苦労が身をもってわかりました。CMによるテレビの影響力も感じています」

 羽生が実際に公文式を学習したのは、小学2年から中学3年までの8年間。5年生の時には中1相当の文字式、6年生で中2相当の方程式に進んでいた。中学になり奨励会員になってからも、公文式の学習を続けていたのだ。

「本当に公文式をやっていたのか」とよく聞かれるそうだが、その疑問は今回のCMで解消した。羽生は続ける。

「公文式は詰将棋を考える時の思考回路と似ている。詰将棋の手筋を覚えると、算数、数学の公式を覚えるのはほとんど同じです。盤面をパッと見た時、この筋で詰むなという直感と、因数分解を解く時に働く直感は同じ。私は公文という違う分野で、将棋を勉強する訓練をした。集中力を身につけたと思います」

(以下略)

* * * * *

1994年、不動産マニアとしても知られていた田中寅彦八段(当時)が、東京都の公共住宅関連のテレビ広告に出演した。

この時の広告制作を担当したのが、電通第1クリエーティブ局(当時)の曽我充さん。

曽我さんは公文式の広告制作も担当していた。

田中寅彦八段が東京都の広告へ出演したのが縁となって、羽生善治五冠(当時)が公文式の広告に登場することとなる。

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この2年後のことになるが、田中寅彦九段は公文式のCMで羽生善治七冠(当時)と共演している。

羽生七冠の「やっててよかった公文式」に対して、田中九段が「やってりゃよかった公文式」と言う構成。

公文式 CM

また、同じ年(1996年)には、田中寅彦九段と武者野勝巳六段(当時)の二人が共演しているバージョンも作られている。

割烹料理店のカウンターで並んで座って酒を飲んでいる田中九段と武者野六段。やや落ち込んでいる田中九段を武者野六段が慰めている。そして田中九段が「やってりゃよかった公文式」。撮影時、本物の酒が出てきたという。

道化役を喜んで引き受けてくれた田中九段に拍手拍手だ。

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将棋マガジン1995年2月号、小室明さんの「羽生名人のハッピーなテレビCM撮影」より。

「さあー、準備OK。バックの桜を降らして」

「本番、ヨーイ」(緊張の一瞬)

「カチンコ、ハイ」

 スタッフの一人が数字の入った木製の小道具を、カチンッと叩く。

 和服姿の羽生名人と小学生の光太郎君が、左手に持ったグッズをカメラに向かって差し出す。

「めざせ、算数名人!!」

 響き渡る羽生のキャッチフレーズ。

「カット。羽生先生、もう少し前に出てください」

 現場監督が明るく笑って、羽生に注文をつけた。

将棋マガジン1995年2月号より。

 今日は12月3日の土曜日。ここは目黒区にある「イメージスタジオ109」。午後0時30分から、公文教育研究会(広告主)による「春の無料体験学習」をテーマとしたテレビCMの撮影が行われている。

 現在、各局で放映されている公文式のテレビCMに、そのイメージキャラクターとして羽生名人が出演していることは、本誌の愛読者ならどなたもご存知のはず。

 羽生名人が、大きな丸印の打たれた答案用紙を両手で掲げ、「やっててよかった公文式」と、決めのセリフを言うCMである。

 今日の撮影は、その「百面指し」篇、「賞状」篇の続篇に当たるもので、冒頭の撮影風景は、「名人スクラッチ対局」篇のひとコマだ。

 撮影は15秒のCMを9つの場面にカット割りにし、それぞれにセリフを入れたり、セットを組み替えたりしてカメラに収め、後でスタッフが音楽を入れるなど加工、修正を施し編集していく。

 撮影を前にして、監督、カメラマン、ライトマン、デザイナー、プロデューサーらによる綿密な打ち合わせが行われ、作成された演出コンテは”羽生の頭脳”に匹敵するほどの知力が結集されている。

 続いて「教えて羽生名人」篇の撮影が始まった。解説用の大盤を前にした羽生が、3筋の飛車をひっくり返すと「竜」ではなく「習」の字が書かれ、盤上に「春の無料体験学習」のロゴが浮かび上がった。

 今度は5歳の寿枝ちゃんを相手に「やってごらん」「ハイ」「ここもポイント」。二人、大声で笑った。CM収録中の羽生は対局中の”羽生にらみ”とは裏腹に終始、柔らかい視線をカメラに向けていた。

 午後5時、撮影終了。羽生は皆に深々と頭を下げてスタジオを後にする。その丁重さに、スタッフの間からは「気配りも名人クラス」の声が上がった。このCMは2月放映予定。

将棋マガジン1995年2月号より。

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「めざせ、算数名人!!」は、なかなかインパクトのあるコピーだ。

名人を他のタイトルで置き換えてみた。

「めざせ、算数竜王!!」

「めざせ、算数叡王!!」

「めざせ、算数王位!!」

「めざせ、算数王座!!」

「めざせ、算数棋王!!」

「めざせ、算数王将!!」

「めざせ、算数棋聖!!」

それぞれ、なかなか味がある。

一番算数ができそうに思えるのは、どのタイトルだろう。

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「午後5時、撮影終了。羽生は皆に深々と頭を下げてスタジオを後にする。その丁重さに、スタッフの間からは『気配りも名人クラス』の声が上がった」

羽生九段らしい、ほのぼのとしたエピソード。

「気配りも名人クラス」も名コピーと言える。

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「5歳の寿枝ちゃんを相手に」

寿枝ちゃんは、計算をすると現在では30歳か31歳。

この時の出演が良い思い出になっているかもしれない。

1995年頃のCM 羽生名人 公文式 春の無料体験学習 算数名人への道キャンペーン

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将棋マガジン1995年2月号、萩山徹編集長の編集後記より。

羽生六冠王の「やっててよかった」というセリフが流れる、公文式のテレビCMの撮影を見学しました。グラビアで紹介した新作バージョンです。

 ヘアースタイルを整えて出てきた羽生六冠を見て、将棋関係者はいっせいにアレッという顔。何かが違うと思ったら、髪が七三にきれいに分けられていたのです。

ギャラリー「いつもと違和感がありますね」

羽生「こんなになっちゃいました」

係の人「いつも髪は分けてないんですか?」

羽生「分けているつもりなんですけど(笑)」

というやり取りがあって、結局おなじみのヘアースタイルに戻ったのでした。

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「こんなになっちゃいました」というのが可笑しい。

「分けているつもりなんですけど(笑)」も、やはり可笑しい。

この頃は、羽生五冠の髪の毛の寝癖が話題になりかけていた時代。

1996年には、羽生六冠の寝癖による髪型をイメージした「たてがみ」という曲が発表されている。歌ったのは長山洋子さん。

たてがみ

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将棋マガジン1995年6月号、羽生善治六冠の「今月のハブの眼」より。

 先日、地方へ行く仕事があり、飛行機に乗るために羽田へ行きました。

 搭乗手続きを済ませ、ロビーで搭乗案内を待っていると、小学生低学年の子供が近づいて来て、「もしかして公文の人?」

 とたずねられたので、

「そうだよ、でも僕の名前知ってる?」

 と答えたところ、あっさり、

「知らない」

 と言われ、思わず笑ってしまいました。

 将棋をまったく知らない人にとっては自分のことは単に公文のお兄さんになっているのかと思うと、何だかとてもおかしかったのです。

 子供というのは何でも正直に話すので、一緒にいて面白いものです。

(以下略)

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子供は物事をダイレクトに考える傾向があるので、羽生六冠(当時)を見て公文の人と言うのは、ごく自然なことだったと思う。

私は小学校に入る前まで、「君が代」のことを相撲の歌だとばかり思っていた。

千秋楽のたびに聞いていたので、絶対に相撲の人が考えた歌なんだと。

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将棋世界1995年5月号では、公文教育研究会の公文毅社長(当時)が随筆「将棋と公文式」を書いている。

羽生善治六冠(当時)「やっててよかった」

 

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