三浦弘行棋聖(当時)「この対局が行われた日は、クリスマスイブに当たり、私にとっては特にこだわる日でもありませんが、新婚の藤井六段にすれば、勝利を奥さんにプレゼントしたいのではないかと想像出来ます」

将棋世界1997年4月号、三浦弘行棋聖(当時)の第38期王位戦〔対 藤井猛六段〕自戦記「四間飛車対銀冠穴熊」より。

近代将棋1996年8月号より、撮影は炬口勝弘さん。

最新の居飛穴対策

 本局は王位リーグを懸けた、私の兄弟子である藤井猛六段との一戦です。

 先月号で書いた松本佳介四段同様に、奨励会時代に、沢山将棋を教わった先輩でもあります。

 この対局が行われた日は、クリスマスイブに当たり、私にとっては特にこだわる日でもありませんが、新婚の藤井六段にすれば、勝利を奥さんにプレゼントしたいのではないかと想像出来ます。

(中略)

 藤井六段の得意戦法と言えば、何と言っても四間飛車。

 左美濃に対する藤井システムを開発するなど、振り飛車の近代化に大きく貢献されました。居飛車穴熊対策もしかり。

 1図までの先手の駒組は、玉が一歩も動いておらず、明らかに私の居飛車穴熊を意識しているのが分かります。

 また居玉なので、後手に急戦を仕掛けられても大丈夫なのかと心配される方もいると思います。

 事実私もそれを考えていて、例えば△3三角と上がる手より(△3三角と上がってしまうとほぼ持久戦になってしまう)、△5二金右、△5三銀、△8五歩とまだ急戦を狙える様に指し回しています。

 先手がそれでもまだ玉を動かさずに、攻撃形を優先させるなら、本当に仕掛けて行ったかもしれませんが、流石にそれは危険と見た藤井六段は、1図から玉を囲い始めて、とりあえず持久戦模様に進みます。

1図以下の指し手
▲4八玉△3三角▲3六歩△2二玉▲3七桂△4四歩▲6五歩△4三金▲1五歩△3二銀(2図)

 先手に▲4八玉と上がらせる事は出来ましたが、それでも私の方は駒組に苦労しなければなりません。

 例えば2図の最終手△3二銀の所で、本当は△1二香と早く穴熊い囲いたいのですが、それには▲2五桂と跳ねられて、角がどこに逃げても▲4五歩と突かれて、難しい所はあるものの、危険と判断しました。

 しかし将棋は同じ兵力で戦う訳なので、最初から楽に勝つ事は出来ません。

 結果的に考えると、ここはもっと△1二香の変化を読むべきだったと今では思っています。

 それで不利の結論を出しての仕方なしに指した△3二銀と、激しい戦いをなるべく避けて、とりあえず囲いを優先して、固まってから暴れるのでは全く意味合いが違います。

 後者はとりあえずという副詞が付きます。

 途中まではそれで良くても、中盤の戦いが始まってからは、しっかりと最善手を指すつもりでなければ必ず負けます。

 本局、私は結局銀冠穴熊に組めた訳ですが、こちらが自陣に手を掛けた分、先手玉も整備出来る事を考えていませんでした。

 後手の私としては、まず居飛穴に組むのが大変ですが、無事組めたとしてもそこからが大変なのです。

 もっと将棋に対して謙虚な気持ちを持たなければと思います。

(以下略)

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「藤井六段の得意戦法と言えば、何と言っても四間飛車。左美濃に対する藤井システムを開発するなど、振り飛車の近代化に大きく貢献されました。居飛車穴熊対策もしかり」

三浦弘行棋聖(当時)が、兄弟子の藤井猛六段(当時)の藤井システムを語る。

「振り飛車の近代化」という表現が使われるほど、藤井システムの出現は大きなインパクトがあったことがわかる。

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「後者はとりあえずという副詞が付きます。途中まではそれで良くても、中盤の戦いが始まってからは、しっかりと最善手を指すつもりでなければ必ず負けます」

「もっと将棋に対して謙虚な気持ちを持たなければと思います」

藤井システムと戦う時の居飛車側の悩ましさが率直に書かれており、また、それぞれの文が心を打つ。

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佐藤康光八段(当時)も藤井システムについて書いている。

将棋世界1996年12月号、佐藤康光八段の第17回勝ち抜き戦〔対 藤井猛六段〕自戦記「藤井システムとの対戦」より。

 藤井六段は先月の島八段の自戦記にも紹介されている通り有名な”藤井システム”を確立されているが、私がいつも感心するのはそのシステムに於ける数の豊富さである。

 いくら優秀な陣立てをもっていても一つではすぐに使えなくなってしまう状況においてまだ無尽蔵にあるように感じられ、また終盤の鋭い寄せや踏み込み、辛抱のタイミング等スキがなく、藤井振り飛車は現在最強、棋界ナンバーワンの使い手であることは異論のないところ。

 改めて振り飛車の進歩を見ることができる。

(以下略)

「私がいつも感心するのはそのシステムに於ける数の豊富さである」

まさに、三浦棋聖が対峙している、ああやればこう来られる、こうやればそう来られる、といった藤井システムの懐の深さ。

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「私にとっては特にこだわる日でもありませんが、新婚の藤井六段にすれば、勝利を奥さんにプレゼントしたいのではないかと想像出来ます」

三浦棋聖が、わざわざ「私にとっては特にこだわる日でもありませんが」と書いているところが微妙に可笑しい。

この勝負は、藤井猛六段が勝っている。

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「こだわる日」のこと。

例えば、自分の誕生日に食事に付き合ってくれた女性がいたとして、その女性が自分に対して最大級の好意を抱いてくれているかどうかは、なかなか判断はできない。

自分の誕生日は、自分にとっては「こだわる日」でも、他の人(家族、恋人を除く)にとっては普通の日ということになるので。

相手の誕生日、あるいは例えばクリスマスイブのような日は、相手にとっても「こだわる日」なので、このような日に二人で食事をできるようならば、短期的には明るい未来が待っている可能性が高まる。

将棋と同様、自分の事情だけを考えていては大局を見誤ってしまう。

自分の誕生日は相手から見れば別に特別な日ではない、と気付いたのは、若い頃の自分の誕生日の日、女性と二人でディズニーシーへ行った時のことだったわけだが…

 

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