羽生善治五冠(当時)「品川駅で乗るつもりが目の前を電車が通過してしまった」

将棋世界1997年3月号、毎日新聞の山村英樹さんの第46期王将戦七番勝負第2局観戦記「息詰まる頂上決戦」より。

 竜王戦七番勝負が決着する前週、正確に言えば11月22日に王将戦リーグの谷川と村山聖八段の対局が行われた。谷川3勝1敗、村山3勝で迎えた一局だったが、村山が接戦を制して4連勝。残る2局で1勝すれば挑戦権を獲得する、きわめて有利な立場に立った。谷川自身「直接対決で負けたので挑戦の可能性があるとはほとんど思っていませんでした。ただ、いい将棋が指せたので満足しています」と後に語っている。

 ところが、この後村山が失速して2連敗し、最後まで可能性が残っていた中原誠永世十段も最終局で丸山忠久六段に敗れて、谷川に村山とのプレーオフがめぐってきた。「この流れを逃してはいけないと逆にプレッシャーがかかった」というこの一局は谷川が快勝し、リターンマッチの舞台に立つことになった。竜王位の奪回と合わせ、だれが見ても谷川に風が吹いている。

 しかも、羽生は七冠全制覇を果たし、名人位を防衛したころから見れば上昇気流にあるとは言えない。竜王戦で対決した谷川が「(羽生は)本調子ではなかった」と語っている。昨年2月14日、王将位を奪われて七冠達成を許した時に「ファンの皆さんに申し訳ないし、羽生さんにも申し訳ない」と苦渋の表情で語った時とは立場が逆転した感がある。だが、第1局は羽生が先勝。両者の力関係はまた新しい段階に入ったようだ。

 昨年の七冠達成について蛇足を一つ。本局の前夜祭で、ファンの方が記者に近寄って来て「お顔は存じています。衛星放送でいつも対局が終わった後に、負けた方に過酷な質問をしている人ですよね」と声をかけてくれた。仕事とは言え、こちらもつらいのだが、そんなに冷たく聞こえただろうか。聞いていた羽生が笑っていた。

(中略)

 対局場は伊豆半島の南東部、見事な海岸を持ち、遠く伊豆諸島を望むことができる今井浜。前期王将戦第1局が初めてのタイトル戦だった。

 そう言えば、あの対局は始まりから波乱含みだった。谷川ら関西組は関ヶ原地方の大雪のため新幹線が大幅に遅れて乗り換える熱海駅に定刻までに着けなかった。一方の羽生は直通の「スーパービュー踊り子」に乗る予定だったが東京駅からは乗ってこず、「横浜から乗ることになったのかな」と思ったらそこでも姿を現さなかった。あちこち連絡すると「品川駅で乗るつもりが目の前を電車が通過してしまった」ために次の「踊り子」号に乗ったと言う。結局その電車に両者が一緒に乗って対局場入りした。

 今回は東京駅のホームで「この電車は品川駅に止まるのでしょうね」と羽生。大事を取って東京駅まで来たようだが、やはり品川駅のホームはスッと過ぎ去ってしまった。2年同じことを繰り返さなくて良かった。決して緻密な精密機械ではない羽生の一面が表れている。谷川も今回はトラブルなく予定の電車に乗り込んだ。ただ、帰りはやはり雪のため遅れたことだろう。

 前期と比べてまったく違ったことは対局開始の時に主催者以外の報道陣が一人もいなかったこと。あの騒ぎが遠く感じられる。

(以下略)

将棋世界1997年3月号より、撮影は中野英伴さん。

将棋世界1997年3月号より、撮影は中野英伴さん。

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「お顔は存じています。衛星放送でいつも対局が終わった後に、負けた方に過酷な質問をしている人ですよね」

きっと、このファンの方も、山村英樹さんに愛着を込めて、このように話しかけてきたのだろう。

近くで聞いていた羽生善治五冠(当時)が笑っていたというのが可笑しい。

山村さんによる対局終了後の代表インタビューは、AbemaTVやニコ生で放送されたタイトル戦や電王戦でも多く見ることができた。

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「品川駅で乗るつもりが目の前を電車が通過してしまった」

私も、この文章を見るまでは、踊り子は品川に停車して当たり前、と何の不思議もなく思っていたので、ビックリしてしまった。

羽生善治五冠(当時)も、本当に衝撃を受けたことだろう。

調べてみると、「踊り子」は品川駅に停車していたが、「スーパービュー踊り子」は品川駅に停車しないものもあったようだ。

「スーパービュー踊り子」は2020年3月13日で運転を終了。

翌日の3月14日からは後継の「サフィール踊り子」の運転が開始されている。

東京駅始発の「サフィール踊り子」は、すべて品川駅に停車する。

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「前期と比べてまったく違ったことは対局開始の時に主催者以外の報道陣が一人もいなかったこと。あの騒ぎが遠く感じられる」

羽生七冠フィーバーの1年後。

元に戻っただけとはいえ、マスコミの常とはいえ、やはり淋しく感じる。