控え室から見た森内俊之新名人誕生の一局(後編)

近代将棋2002年8月号、拓殖大学客員教授の金ピカ先生(佐藤忠志さん)の第60期名人戦〔丸山忠久名人-森内俊之八段〕第4局観戦記「金ピカ流名人戦観戦記」より。

全てに共通する真理 幅広い知識、体験が必要

 控え室はまだノンビリしたムード。スポーツ新聞の2級用詰将棋を見て塚田九段が「解けないよ」と言うと控え室は爆笑の渦。毎日のヴェテラン女性記者が「九段が2級解けなきゃダメじゃない」と冷やかしまた爆笑。塚田副立会人は対局に頭が行ってるので、詰将棋には集中していない。

 11時から大盤解説室で原田長老の講演を聴く。手ぶらで立て板に水の語り口調。聴いていて観客を飽きさせない話術と内容は流石!長老の「将棋だけ指していても上達しない。幅広い知識、体験が必要」との話に私は思わず膝を打った。予備校の教壇に立っていた頃、私は受験生に「英語だけやってもダメだよ」と言い続けて来たからだ。何の分野でも共通した真理だと悟った。

 控え室では共同通信の若い記者が部屋の片隅で小さくなって原稿を打っていた。これに気付いた毎日のヴェテラン記者黒田曜子氏が「そんな暗い所じゃオメメ悪くするよ。隣においで」と言って独占していたお膳を片付けたが、若い記者は遠慮して動けない。「ねー私のこと避けてるんでしょ。何もしないからおいで。太股しか触らないから」。彼女の優しい配慮で彼は隣へ移った。ヴェテラン記者が他社の若い記者に見せた気配りに感動した。

 12時半昼食休憩。名人は前日の昼と同じ刺身定食と果物。メニューを選ぶ余裕がないのか?朝食は宿泊者全員が同じビュッフェだから好みで注文が出来ない。一方の挑戦者は地元名産の合鴨丼と果物。

 しかし名人の体調が気になる。前日午前のおやつ地元名産のバター入り白餡の和菓子「モンモオ」も今日午前のおやつ羊羹も名人は出ると即旨そうに頬張った。多量の水分と甘い物!まさか糖尿病でなければいいが。

 13時30分、名人は着座だが挑戦者は未だ来ない。原田立会人の「時計を入れます」で午後の対局再開。同36分に挑戦者入室。

 名人の▲5六銀に控え室は「ワー」との叫び声。控え室での沼春雄六段と古作編集長の予測が冴え渡り端から的中した。

 挑戦者の△2四角に島八段は挑戦者優勢を断言。原田長老は「駒が躍動していていい将棋」とコメント。その後名人は▲6三香と勝負に出て18時から1時間の夕食休憩。名人はソースカツ丼と果物、挑戦者はミックスサンドとレモンティー。

新名人誕生の瞬間を見たぞ!

 同40分挑戦者対局室に戻る。まだ20分残ってるのに。読み切ったので速く決着を付けたいのだろうと私は思った。名人の▲7七玉に控え室では歓声が。挑戦者の△6五桂に名人背筋を伸ばす。控え室は緊迫。挑戦者の△8四香に控え室では「ワー」との歓声。

 20時20分挑戦者の△8八金に名人席を立つ。投了の準備でインタヴュー用の身支度だ。流石プロ。同29分名人が対局室に戻り30分に投了。

 9年ぶりの挑戦者4-0で新名人誕生となった。

 22時30分に大広間で打ち上げ。名人、挑戦者、島八段、塚田九段とも若々しいラフなファッションだが原田長老だけは和服姿。私は丸山名人の2二歩を名手と思ったが、本人に尋ねると「自信が無かったから動かざるを得なかった」との回答。メートルの上がった原田長老は「私は仲人やるのが趣味で、金はいらない。でも一つだけ条件がある。新婚旅行中の対局数と戦法を報告すること。例えば中飛車で攻めたとかね」と言って満座を爆笑させた。長老の発言に卑猥さは全く感じられない。長老は常に周囲をリラックスさせようと配慮を怠らない人だ。

 対局者、塚田副立会人、大盤解説の島八段と皆折り目正しく謙虚でマナー抜群だ。家庭教育が余程良かったのだろう。いい意味で親の顔が見たい。

 これだけ品位と教養が備わった逸材揃いの職種団体は他にあるだろうか。将棋連盟関係者のみならず記者たちも人格者だった。

 観戦が楽しかったばかりでなく豊かな人間性に心暖まる二泊三日の北海道取材旅行だった。

——–

森内丸山2

非常に厳しい▲6三香に対して、それを上回る強烈な△8六桂。▲同歩なら△8七香~△7九角成。

 

森内丸山3

△8七金▲同銀△8八銀不成▲同玉△8七香成▲同玉△8九竜以下の詰めろ。後手玉は詰まない。

——–

「私は仲人やるのが趣味で、金はいらない。でも一つだけ条件がある。新婚旅行中の対局数と戦法を報告すること」は、いかにも原田泰夫九段が話しそうなことなので笑ってしまった。

毎日新聞の黒田曜子記者の「そんな暗い所じゃオメメ悪くするよ。隣においで」、「ねー私のこと避けてるんでしょ。何もしないからおいで。太股しか触らないから」も絶妙。

このような臨場感溢れる控え室や打ち上げの様子が描かれているのが嬉しい。

——–

黒田曜子記者は、毎日新聞の名物記者。浅草生まれのチャキチャキの江戸っ子で、非常に豪快なキャラクター。髪型を坊主のようにしていた時代もあったという。

黒田曜子さんは、2005年頃に毎日新聞を退職後、銀座に「BAR 曜」をオープンしており、現在も大活躍中。

記者時代からの数多くの黒田ファンが「BAR 曜」に訪れているようだ。

叩き胡瓜のあっさり七味オイル和え+BAR 曜@銀座(タラゴンの挿し木)

[銀座]Bar曜(No RuLE )

銀座「バー曜」は、食事がいいぞ!(愛酒楽粋亭日乗Ⅱ)