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先崎学六段(当時)「私の所に入門を志願するような人はそれだけでダメです(笑)」

将棋マガジン1996年1月号、「先崎六段のトークライブ」より。 新宿に、「ロフト・プラスワン」というライブハウスがある。ここでは毎日、「一日店長」といって、いろいろな分野の人のトークライブを行っている。その店の一人が、そこに棋士を呼ぶ事を思...
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羽生善治六冠「あっ、あいています」、郷田真隆五段「行きます」

将棋世界1995年9月号、高林譲司さんの巻頭エッセイ「旅」より。 王位戦七番勝負が今年も始まった。過去十年、すべての王位戦対局に随行したものの、旅はしなかった。今年は旅をしてみようと思う。海を見た幼い日に戻ることはできないにしても、対局の前...
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佐藤康光前竜王(当時)「例えばバカ!!とか言ったらわかりますよ」

将棋マガジン1995年11月号、読者の投稿欄「コマゴマ掲示板」より。 公開対局などでよく、そのすぐ横で大盤解説をする場合がありますが、常日頃疑問に思っていたことの一つが、「解説者の言葉は対局者の耳に届いているのだろうか」ということでした。も...
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「私は20歳の学生です。私のような学生をはじめ、20代30代の女性の間でなぜこれほどまでに『将棋(羽生?)ブーム』が起きたのか考えてみました」

将棋マガジン1995年9月号、読者の灯籠欄「コマゴマ掲示板」より。 私は20歳の学生です。私のような学生をはじめ、20代30代の女性の間でなぜこれほどまでに「将棋(羽生?)ブーム」が起きたのか考えてみました。もちろん将棋というもの自体のおも...
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「打ち上げのあと銀波荘の社長夫妻、羽生、三浦でマージャンとなった」

将棋マガジン1995年9月号、産経新聞の福本和生さんの第66期棋聖戦五番勝負第3局盤側記「盛況だった公開対局」より。ハプニング「中原永世棋聖が急病で天童に行けなくなりました」 7日の羽田空港で、将棋連盟の小泉さんから、中原さん急病を聞いたと...