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藤井猛九段「注意書きをよく読んで、用法用量には充分御注意ください」

将棋世界2003年7月号、藤井猛九段の「藤井の実戦思考」より。

 3ヵ月間自戦解説を通し、一見当たり前に思える一手の裏の、普段あまり語れない思考の中身を披露していきたい。正統的、表向きだけではない、実戦的裏技的考えも紹介したいと思う。

「5筋不突き美濃囲い」

 平成10年に行われた第69期棋聖戦、谷川浩司竜王・名人(当時)との一戦から(便宜上先後逆)。

 1図は△4二金上と舟囲いを完成させたところ。美濃囲いは▲5七歩型(5筋不突き)美濃。5筋の歩を突いているかどうかで美濃囲いの堅さが大きく違ってくることを覚えていただきたい。

 A図は▲5六歩型の美濃囲いで、実戦では一段竜と6六角のラインで3九の地点を狙われる場合が多い。

 これに比べてB図。今度は5筋不突きなので、段違いに堅いことが分かっていただけると思う。

 しかし、四間飛車対居飛車急戦の定跡書では、ほとんどが5筋の歩を突いた美濃囲いで解説されている。5筋の歩を突かない美濃囲いは駒の捌きが難しいからだ。

 例えば、角を6八に引く展開になったとき、▲5六歩は省けない一手になってくる。

 本局は、光速の寄せ対策として玉の堅さを重視し、5筋不突きのまま捌けるよう工夫した。

 第一の工夫が▲9六歩(2図)。

 この場合、居飛車が急戦で来ているので、厳密に言えば緩手かもしれない。

 しかし、端歩は一手パスになるかもしれないが、マイナスにはならない手。戦いの中で▲9七香や▲9七桂と指せるのは大きい。自分の過去の対局でも、端歩が利いて勝利に結びつくことが多々あった。

 端歩を突くか突かないかは、綿密な研究のもとに決めているわけではない。経験が私に知らせてくれるのである。

 これに比べ、戻って1図から▲5六歩や▲5八金左とするのは、価値も高いが、展開によってはマイナスになる可能性もある(もちろん悪手ではない)。

 2図から△6四銀▲7八飛△7五歩▲6八金と進んで3図の局面。

 居飛車としては端歩を緩手にしたいので、素早く仕掛けて来た。

 ここは▲6八金が受けの形。△7六歩▲同銀△7二飛と攻められても▲8八角と引き、△7七歩には▲同金で大丈夫。

 3図から△7六歩▲同銀△7五歩▲6七銀△7三銀引と進んで4図。

 ここから部分的な定跡手順として、主に3通りの指し方がある。

  1. ▲5六歩△7四銀▲5七金△6四歩(D図)
  2. ▲7六歩△7四銀▲7五歩△同銀▲6五歩(E図)
  3. ▲7六歩△7四銀▲9五角(5図)

 中盤戦で一番難しいのがこのような局面。どの道に入っていくかでその後の運命が大きく変わってくる。

1.D図は無難な手でこれも一局の将棋だが、▲9六歩と指した精神に反している。

2.E図はこの場合無理筋で、△7七角成または△5五歩で不利。▲6八金・▲5七歩型では成立しない。

3.5図も一見すると無理だが、▲5七歩・▲9六歩型が生き、逆に居飛車側は△4二金型がマイナスになると判断。これを選択した。

 5図から△7六歩▲同銀△6六角には▲6七銀がピッタリした手。

 △9四歩にも▲6二角成△同飛(△同金は▲7一銀)▲7五歩△8三銀▲7四歩△8四銀▲7三銀(F図)で、いずれも振り飛車よし。

 また5図から△7六歩▲同銀△9四歩が有力な手だが、強く▲6二角成△同飛▲6五銀△同銀と進め、ここで銀を取らずに▲7一飛成(G図)が好手。

 G図では瞬間的に角損になっているが、「5筋の歩を突かない美濃囲いは、銀損や角損でもいい勝負」※注意書きをよく読んで、用法用量には充分御注意ください(笑)。

 自玉が鉄壁なので攻めさえ続けば多少の駒損は関係ない。

 G図から△6六銀なら▲8一竜、△6六角なら▲7七桂(H図)で振り飛車優勢。

 ちなみにH図で▲5六歩型の美濃囲いだと△3九銀▲同金△同角成▲同玉△9三角の王手竜取りを喫してしまう。

 実戦は5図から△8六歩▲同角△7六歩▲同銀△7五歩▲同銀△同銀▲同飛△6六角▲7六飛と進み6図となった。

「△4二金型を狙う」

 ここからの手順は△4二金型を咎めた動き。

 6図から△9九角成には▲7一銀△8六飛▲同飛(▲同歩は△7三銀)△7一銀▲8一飛成(I図)となる。

 △4一金型なら△6二銀とされ振り飛車劣勢となるところも、I図では逆に必勝。△4四馬にも▲7二歩が利く。

 本譜は△8八角成▲7一銀△8七馬▲4二角成(7図)と進む。

 ▲4二角成が豪快で気持ちよい手。

 このような手を指す時は、駒音高く、加藤一二三先生になりきった手つきで指しましょう(笑)。

「守りの金と角の交換は金が良い」

※同じく用法用量に注意(笑)。

 以下△4二同玉▲7五飛△8六馬▲8二銀成△7五馬▲7二成銀(8図)。8図は難しいが振り飛車ペース。

(以下略)

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講座の中に、ボソボソっと「※注意書きをよく読んで、用法用量には充分御注意ください」と突然出てくるのが、藤井猛九段らしいところ。

この後、(「金底の歩岩より堅し」※これは普通の格言)という箇所も出てくる。

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「5筋の歩を突かない美濃囲いは、銀損や角損でもいい勝負」

「守りの金と角の交換は金が良い」

たしかに、全てのケースでは当てはまらないかもしれないが、非常に参考になる格言だ。

将棋の格言の中には「遊び駒は活用せよ」「玉の早逃げ八手の得」のように実際に役立つ格言もあるが、「三桂あって詰まぬことなし」のように古来から疑問視されている格言もある。

それに比べれば、注意書きをよく読まなければならない劇薬的な格言の方が実戦の役に立つ可能性が高い。

用法用量には充分注意をしなければならない『藤井猛流格言集』が出版されれば、かなり人気が出そうな感じがする。

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昔の本で読んだ記憶があるが、「三桂あって詰まぬことなし」は「計算(=三桂=桂三)すれば詰まぬことなし」という意味だとする説もあるようだ。

 

「▲7六飛と浮いた形が仮面ライダーの様にカッコ良く思えて、いつも心の中で『トウッ、ライダー変身』と叫んでいました」

将棋世界2003年8月号、泉正樹七段(当時)の「一触即発 升田式石田流」より。

 将棋を覚えた頃の強烈な印象は時が数十年経過しても脳裡に残っているもの。

 昭和46年の大山-升田の名人戦に子供心にも感動し、升田式石田流に熱中し1年程で初段にかけ上がった。

 振り飛車を指すときは三間飛車と決めていた訳で、特に、▲7六飛と浮いた形が仮面ライダーの様にカッコ良く思えて、いつも心の中で「トウッ、ライダー変身」と叫んでいました。

 形を見よう見まねでも、町道場のおじちゃん相手なら縦横無尽、「ライダー2号一文字隼人は改造人間である……ショッカーの地球征服を阻むため…」といった調子で連勝街道爆進!

 やさしいおじちゃん達は「ボウヤ、こんなに強いんだからプロを目指しな。だけどなボウヤ、将棋指してる時に仮面ライダーの歌うたっちゃいけネエな、奨励会はスゴく厳しいんだからさ」お調子者の正樹少年を正してくれていました。

 升田先生の奇想天外な戦法を理解し始めたのは奨励会入会を果たした後のこと。

 先輩達に教わりつつ試しても全然通用しない。相手が強ければどんな戦法を使っても跳ね返されるだけ。5級の頃、「升田式石田流を指しこなすのはヒゲツラで怖くなきゃムリ」と悟り使用禁止にしました。「光陰矢の如し」で早や30年。過去を振り返り思うことは、人間の記憶というものはいかにあいまいで、いい加減なものかということに気付かされます。

 なんと棋士泉は、あの時封印したはずなのに数年前からちょくちょく用いているではありませんか!それも研究会ならともかく、よりによって棋士の本義ともいうべき順位戦で。

 酒を生涯の友と定め数十年、敗戦の度に決意した約束事をも簡単に放り出してきた気がする。

 お酒というものは程度を守っていれば本当にいい気分にさせてくれますけれども、危険区域を突破しようものなら「ガルッガルルッまだお金おもってるんだから飲ませてくれてもいいでしょう~」と、宵越しの銭放銃モードで怪物化します。

 ですから、禁断だろうと封印だろうと平気で忘れちゃって、しばらく経っても失敗に気づかない。

 頭がイカレているのを棚に上げお酒のせいにするのは最悪。少しずつ直そう。

 さて16頁の講座ともなれば周到な用意が必要ですが、正直いって準備不十分。

 これでは升田先生の怖い目が気になりますが、後戻りはできないので始めます。

(以下略)

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野獣猛進流の泉正樹八段。

「ガルッガルルッ」が出てこないと納得しない将棋世界読者、近代将棋読者も多かったと思う。

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アマチュア時代は振り飛車党でも、奨励会入会あるいはプロになってから居飛車党になっている棋士が多い。

逆の流れで、アマチュア時代に居飛車党で奨励会に入ってから振り飛車党になったのは窪田義行七段。

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一番最初の『仮面ライダー』 は、1971年4月から1973年2月まで放送されていた。(泉八段が10歳から12歳の頃)

仮面ライダー1号が本郷猛(藤岡弘さん)、仮面ライダー2号が一文字隼人(佐々木剛さん)。

泉八段は、仮面ライダーの放送が終わった年に奨励会に入会している。

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泉八段の実家は東映大泉撮影所の近くで、その関係もあって泉八段が子供の頃は、東映制作のテレビドラマ『柔道一直線』や『ジャイアントロボ』に子役として出演していた。

『仮面ライダー』 も東映の制作。(撮影は東映生田スタジオ)

泉少年にとっては、仮面ライダーの格好良さに加えて、東映に対する愛着もあったのかもしれない。

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泉正樹八段の若い頃→「関東若手棋士 地獄めぐり」

 

信じられないような逆転勝ち

将棋マガジン1985年2月号、青野照市八段(当時)の「プロの大局観 アマの大局観」より。

 最後は札幌で行われた、小中学生選手権の決勝戦の棋譜です。屋敷伸之君は中学1年、後藤義広君は中学2年で、共に四段です。

 このクラスになると、大局観もなかなかしっかりしており、高度な意味での大局観の解説になるには、やむを得ないところです。

 9図は、後手が△5四歩と突いた局面です。お互いに玉は堅いが、どこから手を作るかが難しい局面です。

9図以下の指し手
▲2四歩△同歩▲3七桂△3三桂▲2四飛△同飛▲同角△2一飛(10図)

 ▲2四歩の突き捨ては、この局面ですぐ決戦という手ですが、動きとしてはもう一つつまらない感じです。

 後手陣をよく見ると、後手の構えは最善最良の形であり、もう一手指させた方が、崩れて攻めやすいと言えます。

 そこでプロの感覚では、9図から単に▲3七桂と跳ね、△3三桂に▲2七飛(参考5図)と浮いて、待機したいところです。

 この▲2七飛は単なる待機でなく、次に▲6八角と上がってからの、▲4五桂△同桂▲4六歩の攻めを見せています。▲6八角はこのときの、△3七桂成から△2六角を未然に防いでいます。

 こうしておいて、後手が△8三銀のように浮き駒ができたり、△5三角で3三の桂にヒモがなくなったときに、▲2四歩と行くのです。

「動けば斬るぞ」というのが、上級者における戦いの考え方と言えます。

 本譜は飛交換後、△2一飛は手筋の自陣飛車ですが、ここは平凡に▲2七飛で、先手が困ったはずです。以下▲2一飛なら△3七飛成ですし、▲2三飛には、△2五桂▲同桂△2二歩の用意があります。

(中略)

11図以下の指し手
▲6五歩△5三桂▲6四歩△4五桂▲6三歩成△同金▲6四歩△6二金引▲6六桂△8三玉▲7五歩△4九飛(12図)

 ▲6五歩は先手の勝負手です。ここは▲8八玉と、形を直したいところですが、ここから秒読みでは、余裕のある手を指すのは難しいでしょう。

 しかし▲6五歩に、△5三桂は7三の桂とダブっていて、いかにも効率の悪い駒です。

 ▲6四歩で▲4一竜と入り、△6五桂左▲6八銀△6九馬▲1一竜とされたら、△8五歩には▲7九銀の受けがあり、▲8四香の反撃も残っていて、後手は戦力不足で攻めきれないところでした。

 ここはプロなら当然△4四歩と打ち、▲同竜△6五桂▲6八銀△6九馬として、次に桂を持って△8五歩の筋を狙いたいところ。駒は最大限に生かし、ダブッた駒は打ちたくないのです。

 本譜は竜を捨てて▲6四歩と、勝負に行きましたが、これは勢いとはいえ、無茶でしょう。12図の△4九飛が好手で、先手はシビれました。

 次に△7七馬があるのですが、これを受ける▲8八金は、△4七飛成があって先手いけません。ただしこの将棋は、先手の頑張りが奏して、先手の勝ちとなりました。

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青野照市八段(当時)が読者から送られた棋譜を題材に、「プロならばこう指す」というプロの大局観を解説する講座。

青野八段の解説のしかたから見て、この棋譜は屋敷伸之少年の対局相手だった後藤義広さんが送ったものと考えられる。

後藤義広さんは現在も北海道のアマチュア将棋界で活躍をされており、奨励会に入会した直後の屋敷伸之九段と徹夜で将棋を指したこともあったようだ。

空中感想戦

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「ただしこの将棋は、先手の頑張りが奏して、先手の勝ちとなりました」と衝撃的なことが最後にあっさりと書かれている。

12図からどのようにして先手の屋敷伸之少年が勝ったのだろう。

12図から△7七馬とされたら目も当てられない。受けるとしても私の棋力では▲7九銀打くらいしか思いつかない。しかし、▲7九銀打と銀を手放したら、先手に何の楽しみもなくなってしまう。

ものすごい腕力なのか、まさしく忍者なのか、神秘性に包まれた屋敷伸之少年だ。

 

 

禁断の▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲2四歩

将棋世界1982年8月号、大島映二四段(当時)の「定跡研究室」より。

初手からの指し手
▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲2四歩△同歩▲同飛(指定局面図)

 ▲2四歩△同歩▲同飛が成立するか、答えは否。

 これは棋界の通説である。恐らくはこのことは今後も変わらないだろう。

 あまりにも有名な定跡なので今さら解説する必要はないかもしれないが、なぜ先に角頭を突破しているのに不利になるのか、簡単に振り返ってみたい。

 指定局面から予想される指し手は△8六歩であるが、この手は予想と言うより、絶対の一手である。それに対して先手の応手として▲2三歩と▲8六同歩がある。

変化1 △8六歩▲2三歩△8七歩成▲2二歩成△同銀▲2八飛△2七歩▲5八飛△8六歩にて後手優勢(変化1図)

 ▲2三歩。先に角を取るねらいであるが、結局角を手にしたものの後続がなく▲2八飛と引き下がるようでは失敗である。最終手△8六歩が良さを決定づける一手で単に角を取らず次のと金作りを目指す手が巧妙な一手。

変化2 △8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛にて後手優勢。(変化2図)

 先の▲2三歩が悪いとなればこの▲8六同歩しかないが、変化2図となってはやはり後手良しである。駒の損得はないが馬の力がなんと言っても大きい。▲2二歩成に対しての△同飛は重大なところで、△同銀と取ると▲4五角と打たれてうるさい。△6二飛と受ければ▲5二歩がある。(変化3図)

 しかし、△6二飛の手で△3二金▲6三角成で一局。

 以上が指定局面における定跡であり結論でもある。

 私もこの定跡には肯定している。

 今回の指定局面対局は、先手不利の立場からのスタートとなった。

(中略)

 指定局面における▲2四歩△同歩▲同飛と仕掛けた局面は先手不利、と言う定説はかなり古くからあったようだが、実戦例がない訳ではない。

実戦例その1 

昭和8年12月、高段勝抜棋戦 ▲八段 花田長太郎 △八段 木村義雄(当時)

指定局面以下の指し手
△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同銀▲4五角△3二金▲6三角成△5二金▲9六馬△6七馬▲7八金△4五馬▲7六歩△6二銀▲7七銀△6三銀▲6九玉△4二玉▲5八玉△2七歩▲4八飛△3四歩(実戦例1図)

 長手数進めたが、実戦例1図では▲3九銀のさばきが難しく、後手の陣容勝ちだと思う。なお当時は▲2二歩成に対して△同銀と取る手が常識だったようである。

 勝負は先手の逆転勝ちに終わったが、木村十四世名人は『駒の損得はないが△4五馬と引き、いつでも△2七歩打が利くので理論的に有利であると信じている』と記している。

(中略)

 以上、二つの実戦例で言える事は、やはり先手不利であると言う事である。

 私も指定局面からいろいろ考えてみたが結局は不利。従って今回のテーマは、いかに高橋五段が確実に勝ち切るか、またはいかに私が抵抗できるかという勝負である。

昭和57年5月31日 於東京将棋会館
▲四段 大島映二
△五段 高橋道雄

指定局面以下の指し手
△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛▲6五角△3二金▲8三角成△6七馬▲7八金△3四馬(1図)

 △1二飛までは最初に述べた手順であり、先手が苦しいと書いた変化でもあるが、指定局面から指し継ぐとするならばこの順しかなかった。

 1図でも確かに先手の指しにくい局面だが、不利を最小限に食い止めようと思ったのである。

「▲6五角では▲8三角もあった」と言う高橋五段の感想があった。

1図以下の指し手
▲6八玉△2三金▲4六歩△2四歩▲3六歩△8二飛▲6五馬△8六飛▲7六歩△4二銀▲5八金△8四飛▲6七金右(2図)

 1図から2図へ至る手順で、みすみす▲8六歩を只取りされたようだが、あまり▲8六歩にこだわっていると、かえって目標にされる恐れもある。歩損は初めからの事なのでここでは、▲8六歩を犠牲にして中央に厚みを加えた方が良いと思った。

2図以下の指し手
△2二金▲4八銀△3二金▲4七銀△4一玉▲3七桂△4四歩▲7七桂△5二金▲5六銀△2五歩▲7五歩△2四馬▲5七金△6二銀▲7九玉△3四歩▲4七金△3三桂▲8七銀△3一玉▲7六銀(3図)

 2図以下の指し手は、いわゆる駒組み合戦であるが、いかに優れた陣形を作るか、という事だけでなく、いかに相手の動きに制約を加えるか、という戦いでもある。

(中略)

 本譜は▲4六馬と決断を見送ったために、△3四金と立ち直られてしまった。

 ▲3六金も悪い手で、大事な局面で一手損したのは実に大きかった。

 その後もなかなか難しいところもあるが、9手連続と金を動かすという高橋流の攻めに押し切られてしまった。

<結論>

 指定局面は、やはり先手不利。

 しかし、頑張る余地はありそうだ。

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古来より先手が不利になると伝えられてきた指定局面図。

多くの棋書では、指定局面図以下△8六歩▲同歩△8七歩▲2三歩△8八歩成▲同銀△3五角で後手よし、あるいはそこから更に進めて▲2八飛△5七角成▲2二歩成△同飛▲2三歩△1二飛(変化2図)で後手よし、までで解説は止められているが、その先には難解な世界が待ち受けている。

△5七角成の次の▲2二歩成を、△同飛と取っても△同銀と取っても、先手も馬を作れることには変わりはなく、先手が一気に悲惨な状況になるというものでもない。

もちろん先手の方が模様を取りづらいので、先手が好んで指すべき順ではないが、腕力に自信があって辛抱が苦にならない方にとっては、十分に効果のある奇襲戦法になりうるかもしれない。

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それにしても、花田長太郎八段- 木村義雄八段戦でこの順が指されているとは驚かされる。

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5月に行われた世界コンピュータ将棋選手権で3位に入賞した将棋ソフト「技巧2」と指定局面図から戦ってみた。(技巧2が後手で読みの深さレベル100)

すると、変化2図の△1二飛が定跡のところ、△8二飛と技巧2が指してきた。それではと▲4五角と打つと、技巧2は△5四歩。▲同角なら△8六飛▲8七歩△5六飛で先手はハメられてしまう。

ハメられてしまったところですぐに投了したが、この時は一手30秒の設定。

試しに、昨晩寝てから今朝起きるまでの間中考えてもらおうと、5時間の持ち時間にして技巧2に考えてもらったところ、13分の考慮時間で、やはり△1二飛ではなく△8二飛と指していた。

△1二飛と△8二飛、専門的にどちらが良いのかはわからないが、先手が馬を作れなくなったのは確かだ。

将棋は馬を作ることが目的のゲームではないけれども、これでは指定局面図にしてみようというモチベーションが下がってしまう。

まあ、指定局面図は奇襲なので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

 

沼春雄六段(当時)「そして悪役が好きならば人柄の悪さ天下一品の……イヤ、やはりこれは名前を出しにくいですね」

将棋世界2001年9月号、沼春雄六段(当時)の「将棋再入門」より。

 今月号ではあっという間に上達する方法をお教えしましょう…と言いたいところなのですが、申し訳ないことに、実はそんなものはないのです。

 将棋の序盤は戦法が多く、中盤の戦い方は広く、終盤で玉を寄せる際は複雑怪奇と、どこまでいっても難しいばかりで、特に初心者には大変なのです。

 しかし先月号でもふれました通りで、この難しく面倒な部分こそが将棋の面白味なのですから、繰り返しになりますが、しばらくはガマンしてください。

 いつまで辛抱すればよいか、は個人差があって何ともいえないところです。

 ただ言えることは、将棋の上達にはこの将棋というものを長く好きになっていただくことが必要だ、ということです。

 でも最初から面倒ではせっかく持った興味が半減するのも仕方ないでしょう。

 そこで私から初心の方々にお願いなのですが、それはご自分が指す将棋以外にこの将棋の世界そのものを好きになっていただけないか、ということなのです。

 つまりプロの対局に興味を持っていただきたいのです。

 現在将棋界では竜王戦、名人戦を始めとして数多くの棋戦が戦われています。

 プロ棋界を好きになっていただければ棋士達の一勝一敗が面白くなるでしょう。

 私は相撲ファンですが、自分で相撲をとろうとは思いません。

 また時代劇も大好きですが、まだ人を斬ったことはありません。

 つまりプロ棋士への興味ならば技術の上下に無関係に楽しめるはずです。

(中略)

 幸い現在のプロ棋界は多士済済、魅力的な棋士が数多くいて、皆様のそれぞれの期待にも十分添えると思います。

 強い棋士がお好みならば本誌出演度抜群の羽生善治五冠をはじめ丸山忠久名人、藤井猛竜王などのタイトルホルダーがいます。

 ほかに佐藤康光九段、森内俊之八段、先崎学八段ら。そして復活を狙う谷川浩司九段。

 また現在タイトル戦に登場中の郷田真隆八段や屋敷伸之七段。

 女流棋士達も数が増え、美しさとたくましさも充実しています。

 そして悪役が好きならば人柄の悪さ天下一品の……イヤ、やはりこれは名前を出しにくいですね。でもこれも見ていただくうちに誰かは自然に分かる…かもしれません。

 いずれにしましても皆様に好かれる要素は充分と、これは我田引水だけではないと思っています。

 そしてそれらのプロ棋士があやつる盤上での奇手妙手を理解するためにも上達したい、となってくれれば嬉しいことこのうえもありません。

(以下略)

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「そして悪役が好きならば人柄の悪さ天下一品の……イヤ、やはりこれは名前を出しにくいですね。でもこれも見ていただくうちに誰かは自然に分かる…かもしれません」

沼春雄六段(当時)が誰を思い浮かべて書いていたのかはわからないが、かなり踏み込んだ文章でもあると思う。

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悪役の俳優は人柄の良い人が多かった、あるいは後輩や大部屋俳優から慕われる人が多かったと言われている。

そういう意味では沼春雄七段が書いている悪役とは大きく意味が異なる。

成田三樹夫さん、山本麟一さんなどはその典型だろう。『緋牡丹博徒』シリーズや『仮面の忍者 赤影』などでの悪役で有名な天津敏さんも非常に優しい人だったという。コテコテの悪役とは少し異なるが岸田森さんも同様。

どういうわけか、私は大人になってから悪役俳優が大好きになってしまった。

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プロレスラーも、大人になってから悪役(ヒール)が好きだったことに気づいた。

もっとも外人悪役プロレスラーの場合は、人柄の良い人ばかりではなかったようだが。

あるパーティーで郷田真隆九段(当時)と短い時間立ち話をした時のこと。

プロレスの話になって、「私が好きなプロレスラーは、フレッド・ブラッシーフリッツ・フォン・エリックです」と私は話していた。

しかし、言った瞬間、あまりにも二人のレスラーの取り合わせというか選び方が、変なことに気付いた。

フレッド・ブラッシーは噛み付き攻撃と急所攻撃の反則技で有名で、フリッツ・フォン・エリックは反則技ではないけれども、鉄の爪と言われるほどの握力で相手の顔面を締め上げギブアップをさせるアイアンクローが有名。

どちらも実力のあるレスラーだが、「将棋で好きな戦法は?」と聞かれて「鬼殺しとアヒル戦法です」と答えるような雰囲気だ。

郷田九段は「ラフファイトのレスラーがお好きなんですね」と品良く言ってくれたが、もっと違うレスラーの名前を出せなかったものかと帰りに少し後悔したものだった。

「デイック・ザ・ブルーザーとクラッシャー・リソワスキーのコンビ、スカル・マーフィーとブルート・バーナードのコンビ」と言っておけば良かったかな、いや、これはもっと墓穴を掘ってしまう。「ハーリー・レイスとブルーザー・ブロディ」あたりが良かったか、いや、これは多くの人がそうだろうから面白くない。いろいろと考えた結果、そういえば私はジャイアント馬場さんのファンであったことを忘れていた。灯台下暗し。