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升田幸三実力制第四代名人「こうすれば最低A級にはなれる」

昨日からの続き。将棋世界2003年8月号、泉正樹七段(当時)の「一触即発 升田式石田流」より。 最後になりましたが、升田先生の記録係を務めた時(12歳頃2回)、何度もかんで含むようにおっしゃってくれたことを記し、終わりとさせていただきます。...
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関西将棋会館建設の時のこと(1980年)

将棋世界1980年12月号、『関西将棋会館』建設趣意書より。 全国の皆さま、日本将棋連盟はいよいよ「関西将棋会館」を大阪に建設することになり、5月15日に起工式を行いました。 ご承知の通り、将棋は日本固有の文化であり、将棋連盟は伝統を継承す...
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幻となった関西棋道文化会館

近代将棋1973年3月号グラビア、「関西棋道文化会館(地上12階、地下2階)いよいよ着工」より。 升田九段が館長で発足する大阪の関西棋道文化会館は去る12月24日に地鎮祭を行い、いよいよ工事にかかった。完成は今年いっぱい、完成のあかつきには...
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震度5の地震があった日の対局

昨日の記事の第16回新人王戦決勝三番勝負〔井上慶太四段-森下卓四段〕第3局があった日の出来事。将棋マガジン1985年12月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。午後9時 大広間、第二対局室を見て回り、特別対局室に入って記録...
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井上慶太四段(当時)と森下卓四段(当時)の昼食時の歓談

将棋マガジン1985年12月号、石黒米治郎さんの第16回新人王戦決勝三番勝負盤側記「楽しく、さわやかな対決」より。 疲労からか、新人王を手にした直後の井上の表情はむしろ険しかったが、やがていつものそれに戻った。やさしい笑顔。温和で礼儀正しい...