読む 木村一基四段(当時)「あの恥ずかしく悔しい思いは、今も忘れることができない」 将棋世界1997年5月号、木村一基四段(当時)の四段昇段の記「やっと」より。 前期上がれなかったのは悔しかった。愚かなことに開幕5連勝してもう昇段も同然、と思ってしまった。恥ずかしいことにのぼせ上がっていた。 僕の子分であるN月君(仮名)が... 2015.09.29 読む
読む 谷川浩司八段(当時)「桐山さんには公式戦負けつづけでやっと勝ちました。ズルイ勝ち方ですね。ここまでくればいいという感じなのですが、そんな言い方ではいけませんか」 将棋世界1983年5月号、毎日新聞編集委員の井口昭夫さんの「第41期名人挑戦リーグ最終戦 棋士の一番長い日・関西編」より。大阪決戦は史上初”大阪燃ゆ”―。第41期名人戦の挑戦者を決めるリーグ戦の最終日、関西将棋会館での2局が全国のファンの注... 2015.09.10 読む
読む 船で行く3泊4日「大山十五世名人と将棋の旅」 将棋世界1983年4月号、「第3回名将戦まつり 洋上に駒音響く」より。”アマプロ交歓””動く将棋大会””将棋ファンの親睦”の意味を持つ、第3回名将戦まつり「大山十五世名人と将棋の旅」が、2月10日から13日まで3泊4日の日程で行われた。 近... 2015.09.05 読む
読む 超豪華なメンバーの2泊3日研究会旅行 将棋世界2004年7月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。 この日は、棋聖戦の準決勝など好取組が多い。それがあってか、午後になると控え室は賑やかになった。 そこへ島八段が顔を見せた。 私が「何かいい話があるかね」と声をかけると、... 2015.08.31 読む
読む 谷川浩司名人(当時)「歴史に刻まれるのは、その時のナンバーワンだけ。『惜しかったですね』の言葉は慰めに過ぎない」 将棋世界1989年11月号、谷川浩司名人(当時)の連載自戦記「復調のきっかけに」より。 何げなく将棋手帳を見ていて、ひどく腹を立てたことが数ヵ月前にあった。 プロ棋戦の記録の中の日本シリーズの項。59年度、第5回の優勝者は米長邦雄王将、そし... 2015.08.28 読む