谷川浩司八段(当時)「桐山さんには公式戦負けつづけでやっと勝ちました。ズルイ勝ち方ですね。ここまでくればいいという感じなのですが、そんな言い方ではいけませんか」

将棋世界1983年5月号、毎日新聞編集委員の井口昭夫さんの「第41期名人挑戦リーグ最終戦 棋士の一番長い日・関西編」より。

大阪決戦は史上初

”大阪燃ゆ”―。第41期名人戦の挑戦者を決めるリーグ戦の最終日、関西将棋会館での2局が全国のファンの注目を集めることになった。中原誠十段、桐山清澄八段、谷川浩司八段と、3人の6勝2敗組がそろって大阪で雌雄を決することになったのは史上初である。

 中原十段と対戦する森安秀光八段は、今期は危うく陥落をまぬがれ、余裕をもって最終局に臨んでいる。もっともこの日の星の工合で次期4位から8位までの差が出てくるから、全力をあげることは目に見えている。桐山-谷川戦は、中原十段の結果では、勝者が即挑戦者に決まるので、大一番である。 

 江戸城御黒書院を模した対局室。上段の間に中原-森安戦、下段の間が桐山-谷川戦で全館この2局だけという配慮がされている。午前9時半、すでに毎日放送、NHKの両テレビ取材班が待ち受け、それぞれ記録係が丹念に駒をふいている。

開始前の静けさ

 9時45分、桐山八段、そして中原十段、谷川八段、森安八段とつづく。さすがにいつもより早い入室である。

「私一人ニコニコしてちゃ悪いでしょうね」と森安八段。前回、大内八段に勝って残留を決め、ホッとしている。

 テレビカメラは下段の間の二人に集中している。上段の間の中原十段「こっち、関係ないんでしょ?」と聞く。谷川、谷川で報道陣が騒いでいることを知っている。

「いや、こっちへも来ますよ」と私。

「お世辞でしょ」と中原十段。

 ところが本当にカメラは来なかった。

「普通は関係ないほうも撮るのに」と中原十段。チョッピリ、無視された気持ちが出る。

「遠慮したんでしょう」

「そうですか」と素直だ。

 仕切りのふすまを開けはなっているので助かる。下段の間はシーンと静まり返っている。以前ならカメラの回る音がしたものだが、今は小型ビデオで撮っているので静かだ。

対局室に入らない

 午前10時対局開始。東京での様子が頭に浮かぶ。二上-森戦は敗者が陥落なので深刻だろう。1時間後の午前11時。中原-森安戦は後手森安22手目の△4五歩まで。中原は▲8八玉から▲9八香として穴熊態勢、森安は中飛車から△4三銀~△4五歩。

 桐山-谷川戦は先手谷川のタテ歩取りで16手目の△5四歩まで早い進行だったが、ここで谷川の手が止まったまま。どちらも一言も口を利かない。普段から無口な二人がこの勝負だから当然だろう。

 テレビが対局室から引き揚げた。「ふすまを閉めましょうか」と聞くと、中原十段は「夜まではいいでしょう」と言う。こちらも助かる。往来が楽だ。対局者も時々、のぞきあっている。初めにふすまを閉めていると途中からは開けにくいものだが、開いていればどうということはない。それに、この日はみんな遠慮したのか、対局室へ入ってくる棋士はいない。

ミネラルの中原

 午後0時2分「休憩にしてください」と桐山八段。26手目を考慮中だったが、作戦の分かれ道だけに、じっくり考えたかったのだろう。休憩の定刻は10分からだ。

 この声に誘われたのか、同4分、森安八段が「休憩にしてください」と言う。こちらは38手目を考慮中で、随分早い進行。

 昼食はそれぞれ散ったので内容は定かでない。

 会館の1階にはレストランと喫茶店がある。このレストランでとんかつ定食を食べている棋士を時折、見かける。

 午後1時再開。同50分「東京は一つくらい終わりましたか」と森安八段。冗談とも本気ともつかない。

 午後2時、おやつの注文とり。

中原「ホットミルクとチーズケーキ、それにミネラルウォーター2本、フフフ」

森安「コーヒーとチーズケーキ」

桐山「ホットコーヒー」

谷川(少考して)「ケーキとレモンティー」

 中原十段はこのところミネラルウォーターを愛飲している。もっとも森八段の5分の1くらい。

(中略)

 午後11時頃、東京から大山、森がそれぞれ勝った、の知らせ。

「この駒台じゃ、のせ切れない」と嘆くほど持ち駒の多い中原十段が午後11時2分、勝った。やはり、森安八段は▲4六飛を見損じていたのだ。投了の局面を見ると、スレスレの勝負ということがよく分かる。

(中略)

 午後11時58分、桐山八段が投了した。

 検討のあと谷川八段は「きょう勝てると思っていなかった。大不調なので―。桐山さんには公式戦負けつづけでやっと勝ちました。ズルイ勝ち方ですね。ここまでくればいいという感じなのですが、そんな言い方ではいけませんか」

「勝った将棋は内容がよかった。負けた将棋も悪くなかった。自分の力を100%出せたので悔いはない。同率決戦にはすっきりした気持ちで全力をあげてぶつかりたい」

 こちらを取材している間に、中原十段と森安八段は消えた。で、中原十段の決意は聞きそこなった。

 リーグ戦での2つの黒星は対桐山と谷川。その二人が戦って一人が倒れ、残った相手と決戦する。運のいい展開になった。

 普通なら有利なはずだが、谷川感想に見られるように、若いのに肝が座っているから、この決戦、何とも予想がつかない。

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谷川浩司八段(当時)はこの後、中原誠十段とのプレーオフに勝ち、加藤一二三名人(当時)への挑戦を決める。

そして、4勝2敗で加藤名人に勝ち、今でも記録が破られていない史上最年少名人となる。

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「どちらも一言も口を利かない。普段から無口な二人がこの勝負だから当然だろう」とあるから、この時代は午前中に対局者が雑談をしないことの方が珍しかったことが分かる。

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「会館の1階にはレストランと喫茶店がある」とあるので、この頃の関西将棋会館の1階には「レストラン イレブン」と喫茶店があったのだろう。

午後のおやつは喫茶店からの出前だったと考えられる。

ホットミルクなどは喫茶店でなければ考えられないようなメニューだ。

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中原誠十六世名人の「ホットミルクとチーズケーキ、それにミネラルウォーター2本、フフフ」。最後のフフフが絶妙だ。

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昔の歌謡曲ファンの方なら誰でもご存知だと思うが、「じゅん&ネネ」という女性二人のグループ。

そのうちの一人の千秋じゅんさん(じゅん)が、結婚・引退後、喫茶店を経営していた。

たまたま職場がその喫茶店の至近距離にあり、来客があって打ち合わせをする時などは、千秋じゅんさんの喫茶店から飲み物の出前をとることも多かった。

出前は、ママである千秋じゅんさん自らが届けてくれるというもので、お客様からも喜ばれ、非常に人気が高かった。

歌手時代はボーイッシュな髪型や衣装だった千秋じゅんさんだが、喫茶店時代はずっと和服姿。

喫茶店からの出前というと、この頃のことを思い出す。

「じゅん&ネネ」は2003年から活動を再開している。

じゅん&ネネ オフィシャルウエブサイト