大山十五世名人のステーキ

将棋世界最新号に中原誠十六世名人へのインタビューが載っている。

その中の大山康晴十五世名人の思い出の中に、王位戦での1日目の昼食時のことが書かれている。

関係者みんなでウナ丼を食べていると、地元の人が大山名人に

「よろしかったらもう1杯いかがです?」

と聞いた。そうすると大山名人は

「あ、そうしようかな」

と言って、かなりの量をお代わりして、目の前でバクバク平気な顔で食べてしまった。

以下は中原十六世名人の言葉。

「そんな姿を見せつけられた私のほうはゲンナリしてしまい、それ以後こちらは、昼ごはんは部屋で一人で食べることを許してもらいました」

微笑ましい大山流盤外戦術だ。

大山名人にはなかなか勝てなかった二上達也九段(将棋ペンクラブ名誉会長)も、タイトル戦で同じような経験をしている。

ウナ丼ではなく、麻雀と酒とステーキの複合技。

将棋ペンクラブ会報2007年春号、高田宏会長(当時)との対談より。

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二上 その半面で、大山さんには酷い目にあったんです。

高田 大山さんとのタイトル戦をなんと20回も戦っておられるんですね。これもすごいことだと思いますが。

二上 大山さんとは最初は対戦成績良かったんですよ。でも途中から、こいつには油断できないと思ったんでしょうね。だから、ことさら私とやるときは力を入れてきました。心理的なもので、私の弱点に対するコツを読み取られてしまったんですよね。前の日の麻雀で、相手がやろうといえば私も逃げないほうですから。ところが、前の日の麻雀の結果が将棋に影響するんですね。

私の師匠の渡辺東一先生(元・連盟会長、立会人をする機会が多かった)は麻雀が好きだけど弱いんですが、大山さんが麻雀に引っ張り込んで、当然大山さんが勝って渡辺先生が負けます。ところが大山さんはお金を取らないんですね。私が払うわけではないのですが、何となく引け目を感じてしまうんですね。

高田 でも最初のうちはそうでもなくて、大山さんからタイトルを奪取されたのは割と早い時期だったんですね。対大山タイトル戦の2回目くらいですか。

二上 はい。内容的にもずっといいんですよね。番勝負でもはじめ2局くらい続けて勝つんです。こっちも甘いのかなあ、もうこれはいただきと思ってしまうんですね。ところがどっこい…

高田 そうか、2連勝4連敗というのがいくつかあるんですね。

二上 精神的な弱点をつかまれてしまったんですね。それから、大山さんは健啖家ですし、私は酒飲みで、酒を飲んで休むというのが私のペースなのですが、大山さんが「あなたは飲めるんだから飲みなさい」と言って酒をどんどん注いでくれるんです。しかも大山さんは、夕食が済んだのにステーキを注文して目の前でどんどん食べるんです。見ているだけで嫌になってしまうんですね。

高田 それはちょっとこたえますよね。

二上 こっちはマイペースで酒を飲みたいのに後半はマイペースじゃなくなっちゃうんですよ。

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「あなたは飲めるんだから飲みなさい」は、全然理屈になっていない言葉なのだが、酒飲みにとっては殺し文句かもしれない。

私もどんどん飲んでしまうだろう…