郷田真隆九段の思いやり

将棋世界付録、「2000年棋士名鑑」より。

郷田真隆八段(当時)。

 将棋界でも一、二の美男棋士で女性ファンも多い。しかし内面は剛直な硬派で文字通り竹を割ったような一本気さがある。その内面が現れるのが有名な序盤での長考。妥協や不確定性を出来る限り排除し、最善を追求しようというあくなき探究心がアマチュアには信じられないような時間の使い方となっている。

 その内面を著した本誌連載の「長考をめぐる考察」はプロの考え方をあますことなく公開し反響を呼んだ。

 王位奪取、日本シリーズ3連覇(新記録)、棋聖奪取など数々の偉業を成し遂げ平成10年度にはA級に駆け上がった。実績人気ともに新世代の第一人者である。

 意外とのんびり屋で思いやりのある棋界のプリンスも28歳。更なる飛躍に期待しよう。

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2005年度NHK杯将棋トーナメント2回戦の郷田真隆九段-先崎学八段戦。解説は北浜健介七段。

私にとって初めての観戦記。

将棋は角換わり腰掛銀から郷田九段の攻めが決まって郷田九段が勝利。

対局前は相居飛車の将棋が理解できるかどうか不安だったが、北浜七段の解説がわかりやすく、本譜の内容は理解できた。

感想戦は、放送時間に入る感想戦と放送時間終了後の感想戦に分かれる。

収録終了後、スタジオへ降りていって感想戦を近くで聞く。

こうなっていたら郷田九段が不利になっていた、という変化の検討。

郷田九段「うーん」

先崎八段「こういう手はどう?」

郷田九段「いやー、それはいい手かもしれないけど感覚的に指したくない。こっちの手のほうが男らしいな」

二人は仲が良いので非常に和やかな感想戦だ。

最後に郷田九段が私の方を向いて「一気に決めれば勝つ、長引くと負ける将棋だったんですよ」と要点をまとめて解説してくれた。

初めて観戦記を書く私にとっては大感動である。

感想戦が終わって控室へ戻る途中。

「今日はこのあと何か予定が入ってらっしゃいますか?」と郷田九段。

「いいえ、今日は何も」

「じゃあ、これから先ちゃんや北浜君と昼ごはんを食べに行こうと思っているのですが、ご一緒にいかがですか?」

郷田九段が、初めて観戦記を書く私を気遣ってくれているのが痛いほどわかって、涙が出そうになった。

行った店は、今は閉店してしまったNHK裏の「うな将」。

昼ごはんといっても、最初から大振りの生ビールが注文された。

いろいろな話題が出て本当に楽しい飲み会(昼食?)だった。

北浜七段だけは、夕方から大手町の新聞社で棋戦の棋譜解説の仕事があったためアルコールを飲めなかったが、郷田九段と北浜七段も飲み仲間。

私は大酒飲みだけれども、ビールだけは苦手。しかし、この時はビールがとても美味しく感じられるほどの飲み会だった。最後までビールを沢山飲むことになった。

途中、北浜七段が「解説するのは、この間の相振り飛車になった郷田-先崎戦なんですよ。でも、いくつか手の意味がわからなくて・・・」。

郷田九段が、「なんだ、それなら僕が解説するよ。」と言って北浜七段が持っていた棋譜用紙の裏側に、解説を丁寧に書き始めた。

解説は棋譜用紙の裏側全部に渡るほどのボリュームだった。

この時に、観戦記に書いている「ワープロ始めてみようかな」という言葉が郷田九段から出たのだった。

この日の郷田九段、先崎八段、北浜七段には感謝のしようがないくらいの気持ちだ。

そして、郷田九段のさりげない気遣いは、私にとって一生忘れることができない良い思い出となっている。

(次回は三浦弘行八段編)