料亭へ行こう!

一昨日は札幌の料亭のことだったが、今日は東京の料亭の話。

近代将棋1998年4月号、私が書いていた記事「将棋ネットの散歩道③」より。

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「君たち、もう一軒飲みに行こう」

大学教授風の紳士Tさんが声をかけてくる。今はもう午前3時…

この日は「あり」で、Cさん、Oさんと落ち合い、飲みながら将棋を指していた。(Cさんは広告デザイナー、Oさんはテレビ番組制作ディレクターで、ともに女性)

「あり」はプロ棋士にも愛されている新宿の酒場で、美人で優しいママが店を切り盛りしている。

「こ、これからですか……」

「君たちと飲みたいんだ」

CさんとOさんは棋力の伸長著しく最近5級に昇級した。免状だけは二段の私も、この二人には二枚落ちで負けてしまう。Tさんは私たちの将棋を見ていて興味を持ったのだろう。

「じゃあ、みんなで行きましょう」

ということで、店に最後まで残っていた6人とママで、近くのタイ風居酒屋へ行くことになった。

Tさんから爆弾発言があったのはイスに座った直後のことだった。

「もし二人(CさんとOさん)が今年中に初段になって、そして俺に飛香落ちで勝てたら『吉兆』でご馳走してやる」

CさんとOさんの目が輝く。

「えっ、吉兆ぉー」

「すごいすごいすごい、吉兆だ」

吉兆といえば日本で最も格式が高いといわれる料亭の一つだ。

Tさんは五段の免状を持っている。

「その時は、ここにいる全員を吉兆に招待するぞー」

全員の目が輝く。

「お二人が将棋に勝てたら私も吉兆ご一緒できるのね」

いつも冷静なママまで興奮している。

「絶対だよ、絶対っ、吉兆」

「ああ、君たちには負けない」

「でも、Tさんの最近の実力って三段半に落ちてきているから、二人とも頑張れば可能性高いよ」

アマ強豪のKさんから鋭い突っ込み。

「三段半… ん!? …やっぱり吉兆やめようかな」

「ズルイ、ズルイ、ズルイ」

「そんなそんな!」

「わかったわかった、初段をとって俺に飛香落ちで勝ったら吉兆だ」

「わーい」

私「その時は芸者さん呼びましょう」

「……やっぱり吉兆やめよかな」

私「じゃあ、マスコミで話題のノーパンしゃぶしゃぶにしましょう」

「いいねそれ」

「やだやだ、私たちメリットない。吉兆がいいー」

私「じゃあTさん、6月までに実現できたら吉兆、12月までに実現できたら金田中か新喜楽ということでは」

金田中新喜楽も超一流料亭だ。

「いいね、そうしよう」

なぜかTさんはOKを出した。

「わーいわーい」

「君たちは俺に絶対勝てっこない。吉兆には一生行けないんだ」

自らを鼓舞するTさん。

「あー悔しいっ、絶対に初段になって吉兆へ行ってみせるから」

小気味の良いアイドル顔を震わすCさん。

「この勝負もらったもんね」

柔和な日本人形のような顔をTさんに向けるOさん。

新宿の夜は更けゆく……どころか明るくなってきたようだ。

この対決の行方やいかに?

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1998年2月の出来事だった。

この後、「あり」のママが、店によく来る大物プロ棋士にこの対局の立会人をお願いしてOKをもらうなど、盛り上がりは更に増したのだが、それぞれの人が忙しくなったりして、対局は実現されなかったと思う。

なお、原稿ではTさんのことを大学教授風の紳士と表現したが、本当は本物の大学教授だった。