大野源一九段とあしたひろしさん

あしたひろしさんは、1922年に東京の台東区で生まれた。

父は大工の棟梁で、7人兄弟の男の末っ子で五男。

趣味は将棋でアマ三段の腕前。

振飛車名人であり元祖の大野源一九段は11歳上の長男になる。

ひろしさんが老境にさしかかった1990年代後半から、あした順子・ひろしの人気が急上昇してきた。

一昨日の記事のとおり、立川談志さんはあした順子・ひろしを大絶賛している。

あしたひろしさんが漫才をやるきっかけとなったのは、兄の大野源一九段だった。

湯川博士さんの一手劇場―将棋巷談、ヒューマンファイリング「あしたひろし 春風や思い出ばやし」より。

週刊将棋1986年5月7日号に掲載された、あした順子・ひろしが大ブレイクする以前に取材された貴重な記事。

(湯川博士さんのご厚意により、「あしたひろし 春風や思い出ばやし」の全文を掲載させていただきます)

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夕暮れの上野広小路。春めいてきたせいか、人通りが多い。家路を急ぐサラリーマン、これからお楽しみのアベック、都会の雑踏に圧倒され凝然たる面持ちのお上りさんなどなど…。

上野のお山には早くも花見のまん幕とちょうちんが巡らしてある。山下の映画街は相変わらずポルノとアクション映画が目白押し。原色のネオンとどぎついデザインが、独特の上野らしさを匂わせている。

この雑踏をいかにも慣れた足どりでひょいひょいと抜けてゆく小柄な男、林立するビルの間にスイと消えた。

新築の近代的なビルにのぼりが立ち、外に向けたスピーカーから、笛や太鼓の音が流れている。

ここは上野鈴本演芸場。寄席の世界ではトップランクの小屋である。入り口からエスカレータで三階へ上がると、中は映画館と同じつくりでオールいす席だ。高座はお目当ての一人、柳家小三治。軽いのを一席やって、お中入り。

往来の雑踏に比べ、今日の入りは控えめ。一息入ったところで、後半の部。にぎやかに現れたのが漫才の「あした順子・ひろし」のベテランコンビ。適当にマクラを振ってから本ネタに入る。

「こう見えてもこちら、地主の坊ちゃんですから」

ひろし、得意気に胸を張った。とたんに―。

「十坪のォ…」(場内爆笑)

「でも十坪だって持ってりゃいいですよ。アタシなんか間借りですもの、ホントですよォ。それでこちらのお宅のヘイがまた素晴らしいんですよォ。子供さんの落書きがしてあったりして。女の子の顔だとかお花とか可愛いんですよ。それでその横に書いてあったの、すごいことばですよ。こっちの家の女房はブスだって」

「ああそりゃきっと、悪ガキが書いたんだろうね…困るよ」

「いや大人の字だったわよ」

「子供だろ」

「大人よォー。(間をとってちょっと伝法な口調で)書いた本人がいうんだから間違いないでしょッ」(爆笑)

「冗談じゃないよ」

「で、こっちの方には、あしたひろし・吉永小百合の相合い傘が書かれてあるじゃない」

「あれにはオレも照れたよナ」

「でも安心しなさい。あれは子供の字だから」

「あれは大人なんだよ」

「子供よォ」

「大人だよ。あれオレが書いたんだよ」(爆笑)

「でも、小百合さんてきれいネ。どうしてだか分かりますか」

「いい化粧品使ってんだろ」

「化粧品じゃないわ」

「じゃ、もとからいいんだろ」

「いい女というのは、皆、コレ(親指出して)がいるの」

「男がいると皆きれいなのか。(じっと見つめて)じゃあんた、いないナ」(爆笑)

「あのね、わたしもいるの。手帳に名前書いてあるの。新しいのがふえたら、古いのを消すの」

「へえ、そうかい」

「田原の俊坊書いたら、三船の敏坊消すの。(ひろしうなずく)西城秀樹を書いたら東条英機を消すの」(笑い)

「古いねェ、どうも…」

古い、という話からなつメロに移り、年寄り歌手のおちょくり、ひろしの歌入りギャグ、順子の歌と踊りのギャグと、ネタは切れ目なく続いてワッと客席を盛り上げておいて、サッと引っ込む。

場内笑いの余韻を楽しみ、ザワザワしている。前座さんが出て座蒲団を返す。笑いの空気が収まったところで、テンテン、ドドドン。次の落語家のでばやしである。

あした順子さんはあしたひろしさんの10歳年下の弟子。

弟子の順子が師匠のひろしをいたぶるパターンであり、ひろしの飄々としたボケと順子の地に足のついたツッコミが絶妙だ。

「やあ、お待たせしました。ちょっと外へ出ましょうか」

着替えたひろしさん、どこにもいそうなふつうのお父さんである。

漫才はだいぶお長いんでしょう。

「そうね。ボクらより古い人は少なくなりましたね。漫才っていうのは、落語と違って前座、二つ目、真打ちなんて階級がないし、師弟関係もうるさくない。一年くらいやってちょっとできるようになると、すぐ営業で稼ぐようになる」

営業というのは、寄席以外の慰安会とか司会とか地方興行などのこと。

「いまはまたテレビのお笑いコンテストなどでどんどん新人スターをこしらえちゃうから、出るのも早いけど、消えるのも早いですよ。この間、売れっ子コントと仕事でいっしょになりましたけど、汗がすごいですね。だいたい一日、二回か三回はかけ持ちやりますからね、ボクら。汗かくようだと、持たないです。汗というのは冷や汗とか脂汗をどっとかくのが多いんですよ。だから落語の人はあまり汗かかないでしょう」

漫才は前座修行があまりないかわり消える危険性も高い。

「そうです。落語は古典というものがあって、それを身につけてしまえば一生つかえますよね。ところが漫才ではそうはいかない。少しずつでも新ネタを入れないといけませんから」

ところで相棒の順子さんの踊りはうまいですねェ。

「あれは本格派で親戚には大家もいるくらい。だけど漫才じゃ、唄も踊りもお客さんを感心させちゃいけない。ほんの一節だけやって笑わせないとネ」

漫才に入るキッカケは。

「これはウチの兄貴(故大野源一九段)と将棋の縁でして。兄貴は子供の頃、親が知らない間に将棋の大会に出ちゃあ賞品をさらってきて、親をびっくりさせていたんです。それを大阪の棋士に見いだされて連れて行かれた。親父は将棋と浪曲が好きな人で、素人初段くらいあった。アタシも将棋じゃあ町内の大人をやっつけてた。

それでおふくろが兄貴のところへ行くときなどよく連れてってもらってね。兄弟は七人いたんですが、大阪まで十数時間もかかって行くのを喜んだのはアタシだけ。それで小学校出てからしばらくして、一人で大阪の兄貴んとこへ訪ねていった。まあ、内心将棋指しになれたらなりたいくらいの気持ちはあったようでしたよ。兄貴も半分くらいはそんな気持ちだったらしいです。

でもアタシは筋が悪いそうで。すぐ上の戦死した兄は筋が良くてプロにもなれたろうって。それで一年くらい居候してました。義姉さんは気にしないでいてくれましたが、アタシも掃除したり、買い物したりね。

兄貴がそっと、どこそこへ何時に来いって耳打ちして、アタシをうまいもん食わしに連れ出したり。それから兄貴の稽古先にもよく連れていかれて。強い社長なんかの所じゃアタシが角を引かれて負かされて、それでその社長さんが大喜びでして、また来い来いってね。負けて小遣いいただいて泊めてもらったこともありましたよ」

ひろしさんは、この後、東京へ戻り、大都映画(後の大映)の舞台役者、歌謡ショーの司会とコントをやったりする。順子さんとコンビを組んだのは昭和25年頃。マジックとコントが主体だった。

昭和30年代前半は岡晴夫の歌謡ショーの司会とマジックとコント、昭和30年代後半からはキャバレー回りの営業が多かった。

そして昭和40年代からは、キャバレー回りをスパッとやめて寄席一本の漫才でいくことに方向転換する。

キャバレーに出ていると、そのときだけウケればよくなって、段々と芸が荒れていくような気がしたことが大きな理由だ。

この時に、兄の大野源一九段が大きな支援をする。

はじめはポツポツと話していたが、思い出が湧き上がってきたのだろう。話のテンポが熱を帯びてきた。

「それでキッカケですけど、兄の稽古先に藤沢桓夫先生がいて、その弟分に漫才作家の秋田実先生がいたんです。両先生とも強かったですよ。それでウチの弟が漫才やりたいって紹介してくれたのがはじまりです。ホントいうと漫才は嫌いで、当時はエノケン、シミキンの浅草軽演劇に入りたかったんですが、あれはなかなか食えないんでね。兄貴のおかげで秋田先生の台本をもらってボツボツ練習したのがはじまりなんですよ。

秋田実は、戦前にエンタツ・アチャコ、戦後にミヤコ蝶々・南都雄二、夢路いとし・喜味こいしなどを育てた漫才作家の大御所だ。

寄席の人たち連載第三回「漫才師 あした順子・ひろし」によると、秋田実は二人に『名人にはできないが、八段にはしてやる』と言ったという。

順子・ひろしのコンビはこの時期1年半だけ大阪に活動拠点を移している。

大野源一九段が、桂米朝に将棋を教えたり笑福亭松鶴と仲が良かったことから、ひろしさんは『大野先生にはいつもお世話になっています』とこれらの巨匠から逆に頭を下げられたりする。

時々、ビールで喉をしめし、話を続ける。

「兄貴が東京に来ると必ずアタシんとこに泊まり、ひろし、あの浪曲やれ、あのモノマネやれっていって酒飲むんですよ。それで今度は自分がやりだすんですよ。アタシが大阪行くときは兄貴んとこに泊まって同じように飲むんです。それは楽しかったですよ……」

十一も年上の兄との楽しい時間は、いまでもひろしさんの大切な宝物なのだ。

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