広島の親分(4章-4)

庵の熱戦
二局目は、湯川さんの四間飛車、高木さんの居飛車だった。中盤、両者の長考が続く。
途中、中華料理店の白衣を着た女性が出前を届けに来た。
対局中の高木さんは、女性を無視するかのように千円札を2枚、女性の方へ放り投げた。
女性は、ムッとしながらお釣りの五百円を置いて、無愛想に去っていった。
いつもこうなのか、とても呼吸が合っているように思えた。
 中華丼にはラップがかけられている。
「森君、先に食べてなよ」
湯川さんに促されて、私は中華丼を食べることにした。
やはり表面積の広い薄切りの人参と、表面積の広い薄切り筍などが入っている。しかし残すわけにはいかない。
一口二口食べてみた。
しかし、これが意外と美味しい。
人参と筍の部分では多少苦しかったが、思いの他すぐ食べ終わることができた。
ほっと胸を撫で下ろす。
対局のほうは、中盤から湯川さんが押し気味となって、湯川さんが勝った。
感想戦もそこそこ、三局目が始まった。二局目と同じく、湯川さんの四間飛車、高木さんの居飛車。
二人とも中華丼には手を付けずに将棋を指している。
今度は中盤から高木さんがうまく指しまわして、終盤は高木さんの圧倒的優勢に見えた。
すると湯川さんが長考に入った。15分は考えていたと思う。
なんと詰みがあったのだった。
三局目も湯川さんが勝ってしまった。
 そのあと、少し雑談をして階下へ降りることになった。
 高木さんは
「銀行へ行ってくるわ」
と言って、雀荘の売上金を袋に入れて、自転車で銀行へと向かっていった。
湯川さんは、1階のカウンターの中の女性に、
「僕たち、少し広島市内を廻ってきますので、高木さんが戻られたらお伝えください」
と言って、私たちは広島市内を歩くことにした。
午後3時過ぎ、9月というのに猛烈に暑い。このような暑さは初めて体験することだった。
 途中、たまらなくなって喫茶店に入る。湯川さんはアイスコーヒー、私はパイナップルジュース。
「高木さん、私に将棋勝った時、本当に嬉しそうでしたね」
「そうだったね。三局目は、こっちがものすごく不利だったから、高木さんに勝ってもらおうと思っていたんだけど、詰みが見えて、つい手が出ちゃっ
た。悪いことしたな」

帰京
午後4時半頃、「麻雀・喫茶よしみ」へ戻った。そろそろ東京へ帰らなければならない。
高木さんは銀行から戻った後、寝たらしい。カウンターの中の女性が伝えてくれた。
確かに一昨日から高木さんは、あまり寝ていなかった。
「お世話になりました。高木さんにもよろしくお伝えください」
湯川さんが、そう言って、私たちは広島駅へと向かった。
東京行きの新幹線車中。
「取材、成功でしたね」
「うん、広島に行って本当に良かった」
「でも三局目、あの局面から湯川さんが勝つなんて、思いもよりませんでした」
「高木さん、怒って銀行に行っちゃったのかな。でも高木さんも、我々が訪ねていったことを喜んでくれていると思うよ」
 私は、高木さんが私との将棋に勝ったときに見せた笑顔を思い出していた。