美学に殉じた棋士(前編)

近代将棋2000年11月号、青野照市九段の「実戦青野塾 美学に殉じた棋士」より。

現代では勝つという目的のためには、どんな手を指しても「恥ずかしい手」という感覚はほとんどなくなった。しかし私が奨励会の時、すなわち昭和40年代頃までは、明らかに恥ずかしい手、恥ずかしい負け方はできないという風潮があった。

昔、金易二郎名誉九段が対局中に、「残り○○分です」と記録係に言われ、「○○分では指せない」と言って投了したという話がある。これを聞いた時、私は残り時間がなければ、とてもこの将棋は勝てないから投げたのだろう、と最初は思っていた。

しかし、後で考えてみると、勝てないから投げたのではなく、あまりにも難しい局面で秒に追われたら、指し手が乱れ、恥ずかしい手を指すかもしれない。そしてその棋譜が残るのを良しとしない、という気概があったからだという気がしてならない。

私がかなり多くの記録を取っていた、昭和40年代後半頃は、特にタイトル戦のような大勝負においては、投了の局面に形をつけるということが、大切なこととされてきた。

すなわち、どちらかが勝ちかわからない、ギリギリの勝負は別にして、明らかに形勢が離れているような場合は、悪い方は何とか一手違いの形を作らせてくれ、という指し方をし、また相手もそれに合わせて、一応一手違いの形で終局を迎えるという作業が、なされていたように思う。

しかし今日では、差のある将棋はさらに差を広げ、相手の闘志をなくさせて投げさせるのが、確実に勝ちを得るコツ、という考え方が主流を占めている。いわゆる”激辛流”だ。もっともそういう指し方をしないと、万一の場合は取りこぼす可能性があるから、ということなのだろう。

現在のタイトル保持者クラスで、昔の美学を感じさせるのは、谷川浩司くらいであろうか。後の棋士は、やはり勝ち方に独特の辛さがある。

(つづく)

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この文章が書かれた2000年は、丸山忠久九段が名人だった時期。

激辛=丸山名人だった。

先週のA級順位戦最終局で、丸山忠久九段は頭頂部に冷却ジェルシートを貼り付けて対局をしていた。

今の時代だからこそ薄くて貼れる冷却シートだが、大山・升田時代に同じことをやろうとしたら、アイスノンを頭の上に乗せて、それを鉢巻状にしたタオルで押さえタオルを顎のところで結ぶような姿となっていたはずだ。

勝つ為に全身全霊を打ち込み後悔なきようベストを尽くす、という丸山九段の気力の表れの一つが冷却ジェルシートだったのかもしれない。

対局姿に美学を求めず自分が正しいと思う道を行く。

1990年代後期に「友達を無くす戦い方」と表現された激辛流、今回の冷却ジェルシート。

将棋に対して伝統的な美学に拘らないことが丸山流の特徴と言える。

逆の意味では、それが丸山流の美学なのかもしれない。

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今日の話題とは連動しないが、読売新聞千葉版(2011.1.7)に丸山九段の記事が掲載されている。

九段棋士 丸山忠久さん(40)

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