今日は、A級順位戦最終戦一斉対局。
既に羽生善治二冠の名人挑戦が決まっているので、
・残留争い
・来期に向けての順位争い
・羽生二冠が全勝するかどうか
がポイントとなる。
唯一、無風状態なのは渡辺明竜王で、勝ち負け関係なく来期の2位が確定している。
残留争いは、
丸山忠久九段-久保利明二冠戦
高橋道雄九段-谷川浩司九段戦
の動向次第。
久保二冠のみが自力。
ただし負けると降級となってしまう。
高橋九段は、自らが勝ち、久保二冠が敗れた場合のみ残留。
丸山九段は、自らが勝ち(=久保二冠の負け)、高橋九段が敗れた場合のみ残留。
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今日は、20年前のA級順位戦最終戦一斉対局の様子を、将棋マガジン1992年5月号を通して眺めてみたい。
最終局直前の戦績は次の通り。
中原誠名人
米長邦雄九段 4勝4敗
谷川浩司竜王 6勝2敗
塚田泰明八段 2勝6敗
南芳一九段 5勝3敗
内藤國雄九段 1勝7敗
高橋道雄九段 6勝2敗
大山康晴十五世名人 5勝3敗
有吉道夫九段 4勝4敗
小林健二八段 4勝4敗
石田和雄八段 3勝5敗
谷川九段と高橋九段が挑戦最有力で、大山十五世名人と南九段にもチャンスがある
状況。
降級の可能性は、他力の塚田八段か自力の石田八段。
この時点で、内藤九段の降級は確定していた。
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最終局は次のような結果だった。
大山〇-谷川●
高橋●-塚田〇
米長●-小林〇
南〇-内藤●
有吉〇-石田●
谷川九段と高橋九段が敗れ、大山十五世名人と南九段が勝ったため、なんと、4人によるプレーオフということになった。
もう一人の降級は石田八段。
大山十五世名人は、この期、肝臓ガンの手術を行っており、そのような中でのプレーオフ進出だったので、世の中は大いに沸いた。
将棋マガジン1992年5月号、高橋呉郎さんの「またも輿論が大山を勝たせた」より。
今期もまた、A級順位戦の最終日は大山康晴十五世名人が主役になった。
(中略)
十二時ごろ、大山が控え室に現れた。継盤を見渡し、、「あんまり動かしてないね」といってから、「ここはよく知っているんだ」といいながら、大山-谷川戦の指し手を進めた。
大山は向飛車に振っている。谷川はアナグマ。谷川の居飛車アナグマはめずらしい。たしか、やはり順位戦最終局の対大山戦で、この戦法を使ったことがある。もしかすると、これは対大山専用の作戦なのかもしれない。
(中略)
十二時十分、昼食休憩。大山と入れ替わりに、米長が入ってきて、毎日新聞社の加古記者に「みかんはありませんか」と注文した。米長のみかん好きは有名である。
(中略)
四時ごろから、検討にくる棋士の数もふえてきた。しかし、対局者も、ふらりと現れるので、うっかり検討もできない。
一番人気は大山-谷川戦。鈴木輝彦七段が継盤の前に陣取り、ほかの棋士と検討をつづけているが、まだ形勢ははっきりしない。
五時二十分、二階の道場に行くと、六時の開場を待って、もうファンの列ができていた。どの棋士がお目当てか、何人かに訊いてきた。
「谷川ファンです。きょうで決めてもらいたいですけどね」(男性、五十二歳)
「大山さんに頑張ってもらいたいですね。それと、先崎さんの解説も楽しみです」(いつも道場にきているという若い女性)
「大山名人の応援にきました。大事な人だから、いつまでも活躍してもらいたいですね」(男性、四十六歳)
「石田さん・・・。いつも解説してる人に負けてもらいたくないね」(子ども連れの中年男性)
今期も輿論は大山に味方しているようだ。もっとも、大阪の会場では、とうぜん、谷川票が多かったにちがいない。
(中略)
六時三十分、大盤解説がはじまった。解説役は田中寅彦八段と先崎学五段。
(中略)
田中が「大山名人に頑張ってもらいたいですね。どお、センちゃん」ときりだす。先崎が「プレーオフにしてもらいたいですね」と応じると、いっせいに拍手が起こった。
(中略)
控え室に引き返すと、なんと大阪の内藤-南戦が終わっていた。終局は六時二十六分だから、夕食休憩なしで指し継いだらしい。
(中略)
有吉-石田戦は有吉優勢。石田が粘りにいっているが、検討陣はサジを投げていた。
そこで、高橋-塚田戦の注目度が高まったが、こちらは形勢不明。
(中略)
夕食休憩後、中原誠名人も姿をみせたが、こちらは超満員なので、若手棋士が集まる記者室に腰をすえている。そちらをのぞくと、中原が大山-谷川戦を検討していた。大山が指しやすそうだという。
十時三分、石田が投了した。対局室に行くと、石田が「ひどかったねえ」とボヤいていたが、襖一枚へだてて、高橋-塚田戦が進行しているので、さすがに声は小さい。
第1図の▲6四歩で▲3八金なら、これからの将棋だったという。石田は「ひどかった」と何度もボヤいた。聞き慣れた石田節のボヤキより、声が小さいせいもあって、よけいに痛切に聞こえる。有吉は多くは語らず、感想戦は十分足らずで終わった。
石田は控え室にきて、高橋-塚田戦の継盤の前に坐った。しばし検討して、モニターテレビに目を向け「大山さんか・・・。強いからなあ」とつぶやいた。
(中略)
大山-谷川戦は終盤にさしかかった。
(中略)
大山は△9五角に▲4三銀と打ち込んで、成銀をつくり、その成銀を3五に引いて、不敗の態勢を築いた。こうなっては、”光速流”も、いかんともしがたい。
さらに大山は、控え室を騒然とさせる一手を指した。図は▲5三歩成に△4一角と引いた局面。百人の棋士がいたら、九十九人は寄せを考える。”光速流”なら、いくばくもなく寄せてしまうだろう。
ところが大山は▲6七金と打った。この手がモニターに映って、「ワーッ」とも「キャーッ」とも、わけもわからない声でどよめいた。
「この手は大山先生じゃなくては指せません」と鈴木が脱帽した。相手になにもさせない大山流”受けつぶし”の一手である。大山健在を立証した一手でもあった。
十一時三十四分、高橋-塚田戦が急転直下、決着がついた。
(中略)
そこへ、いちど退室していた石田が、また入室してきた。石田は立ったまま駒を動かし、はっきりした口調でいった。
「詰んでる。降級だ」
それだけいうと、すぐに退室した。ほとんど間をおかず、高橋の投了が告げられた。報道陣が対局室に向かうと、玄関で石田が退出するところにぶつかった。高橋勝ちなら、カメラはいっせいに石田に向けられたはずである。
塚田は、泣いたわけでもないのに、目が赤かった。高橋は例によって黙然としていた。
(中略)
画面が投了の所作を映した。十一時四十分―。
(中略)
大山完勝の一局だった。これで名人戦挑戦者争いは、四者プレーオフにもつれこんだ。
私の感想は、つぎの一言につきる。
「また、輿論が大山を勝たせた」
(以下略)
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様々なドラマ・・・。
この後、大山十五世名人はプレーオフで高橋九段に敗れる。
大山十五世名人が亡くなったのは、この年の7月26日のことになる。