郷田真隆棋王誕生

郷田真隆九段が棋王位を獲得した。

郷田九段のタイトル獲得は、1992年の王位、1998年と2001年の棋聖に続いて4回目となる。

佐藤康光王将の3年ぶりのタイトル復活とともに、郷田真隆棋王の11年ぶりのタイトル復活。

復活や復帰、見ていてとても嬉しい。

久保利明九段にとっては三重苦の3月となってしまったが、実力的に久保九段が無冠を返上するのはそう遠くないことだと思う。

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1992年、郷田真隆四段はプロになって2年数ヵ月でありながら、棋聖戦と王位戦で谷川浩司四冠にダブル挑戦していた。棋聖戦と王位戦はほぼ同じ時期に行われるので、郷田-谷川十二番勝負の形だ。

郷田四段は、棋聖戦では1勝3敗で敗れたものの、王位戦では4勝2敗と王位を奪取。

将棋マガジン1992年11月号グラビアより。

 郷田真隆四段が開幕から三連勝した第33期王位戦。谷川浩司王位にとっては、奇跡の四連勝しか防衛する道が残されていない苦しい戦い。第4局、5局とカド番をしのいだが、9月8日、9日神奈川県鶴巻温泉の「陣屋」で行われた第6局で、ついに力尽きた。

「第1局、2局の逆転負けが痛かった」と谷川。タイトル初獲得の郷田は淡々と感想戦を行っていた。

 C級2組でしかも四段のタイトルホルダー誕生は、史上初の快挙である。加えて、四冠王の谷川を破ってのものだけに価値がある。

 感想戦が終わって谷川が退室する時、郷田はおしぼりで顔を拭った。じっと喜びをかみしめた瞬間だったのかもしれない。

将棋マガジン1992年11月号、高林譲司さんの「正真正銘 スター誕生」より。

 谷川王位二勝、郷田四段三勝。今回ほど苦しいタイトル戦はなかったと谷川はいう。

 いきなり三連敗は、名人戦で一度経験している。しかし相手は中原名人だった。今回は郷田。C級2組・四段の棋士である。

 谷川王位はほとんど喜怒哀楽を表に出さない。「内心の屈辱感はどれほどだったろうか。

 第一、二局は好局を逆転負け。第三局は完敗。流れはきわめて悪い。

 逆に郷田四段の堂々たる戦いぶりばかりが目についた。盤上だけではない。郷田ほど和服が似合う棋士も、そういないだろう。四段の挑戦者ということを忘れさせるくらい、郷田の対局姿は谷川に一歩を引けをとらなかった。

 しかし谷川は第四、五局と、難解な終盤をいずれも競り勝った。

(中略)

 郷田長考。そのまま昼休に入り、両者は関係者とともに、陣屋心づくしのカレーラースを食べた。記録の近藤正和三段は、今年も三杯食べて旅館側を喜ばせていた。ただし、やはり食べ過ぎだったようで、夕食の時はもう一つ気合がなかった。

(中略)

 夕食は陣屋名物のお狩り場焼き。もちつきの趣向があるのも毎年のことで、郷田はハッピを着て中庭へ。宿の奥さんが他のお客さんに紹介するようにと強くすすめるので、私がマイクを持つハメになってしまった。

「将棋の名人クラスの人や挑戦者と一緒におもちをついたと、他のお客さんたちがいつも喜ぶんです」と奥さん。しかし今回、谷川は頑として席を立たなかった。

(中略)

 青野八段、もう一人の立会人、中村修七段の継ぎ盤も次第に熱が入ってきた。中村七段といえば、陣屋のロビーに「次は対局者で来ます」という色紙がかざってある。「次は立会人でしたね」とからかうと、奥さんが「じゃあ、この次は?」と追い討ちをかけた。すかさず中村七段、「次はロマンスカーで来ます」。小さな声ながら、この人のユーモアは秀逸。皆、大笑いである。

(中略)

 控え室には、青野、中村両立会人のほか、丸田祐三九段、森けい二九段、森下卓七段と、そうそうたるメンバーが集まって検討に余念がなかった。

 中原名人からも電話が入った。指し手を伝えると、谷川苦戦と明言。

 大阪の小林八段からも電話があり、同じく谷川負けと宣言した。

(中略)

 郷田はついに王位を勝ちとった。四段のタイトル保持者は新記録。

「大変なことをしたという思いです。しかしこれからもあること。その先駆けになりました」

 あくまで沈着な新王位である。

 谷川は、やはり、「第一、二局の逆転負けが―」と、敗戦を振り返った。負けて止むなしの心境だったか。

 こうして平成4年度の王位戦七番勝負が決着した。正真正銘、新しいスター棋士の誕生である。

 感想戦を終え、立ち上がった郷田新王位。晴れやかな姿ながら、のど元に光る汗に苦闘の跡があった。

 谷川四冠王を破った、その喜びは日を追うごとに、徐々にやって来るだろう。

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来期ということでは、郷田棋王は、竜王戦、王座戦、棋聖戦で勝ち残っており、特に棋聖戦ではあと2勝すれば挑戦者になれる位置。

郷田棋王のタイトル獲得歴4回は、その出だしや実力から考えると少ないのかもしれない。

2007年と2009年の名人戦ではフルセットで敗れている。

「ここ一番に弱い」という状況が続いていた面があるが、そのような部分も克服されたように感じる。

郷田棋王が、更にブレイクする姿を見てみたいと思う。