昨日行われた竜王戦6組 石田和雄九段-小林宏七段戦が、石田九段現役最後の対局となった。
対局中のボヤキが聞けなくなり寂しくなる。
今日は、石田九段が竜王戦挑戦者決定戦まで進んだ頃の”石田節”をフォーカスしてみたい。
将棋マガジン1990年9月号~12月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。
6月26日 午後2時
大広間から石田節が聞こえてくる。うらおもてのない人柄で、成績が悪いときはしょぼんとしているが、よいとほがらかなのである。はしゃいでいるのを見て、株をやっている一人が、「今の石田さんは、上場来高値を更新中、というわけだ」と持ち上げた。
「皆さんそうおっしゃいますがね。たいしたことありませんよ。竜王戦優勝(3組)と、順位戦、NHK杯戦で勝っているだけだ」
なんだ、いちばんいい所を勝っているじゃないか。
(中略)
7月6日 午後3時
A級とB級1組の順位戦が5局、それに勝浦~大島戦(全日プロ)が行われているが、なかで一局を選ぶなら、石田~田丸戦である。なにしろ今のスターは石田なのだ。
(中略)
感想戦で石田が田丸の顔を見ながら言った。
「△2八飛は先に銀を取る手でしょう。多分飛車を打ってくるだろうと思ったが、それなら▲4七玉と上がってやろうと待っていた。勝っていると相手の気持ちが読めるようになる」
みんなゲラゲラ笑う。田丸も勝ったし、温厚な人柄だからニコニコしている。石田はうらおもてがなく、憎まれない性格なのだ。
(中略)
感想戦は石田の一人舞台だった。
「このごろ勝つことに慣れてしまったから、いつでも勝てるような気になる。それでつい読みが甘くなってしまった。ま、田丸さんにはこの前(竜王戦決勝)勝たしてもらったから、おあいこか」
これには一同ドッときた。
8月3日 午後8時
さて後日談。
その後、石田は中原を破ってベスト4に進出した。
夢はいっきょにふくらみ、中原に勝ったときの感想戦では「僕なんかがフランクフルトに行っていいのかね。役不足じゃないかねえ」と言い出す始末。これには中原も苦笑するしかなかったが、そこへ青野が来ると、「今度はあんたと当たりそうだね」。
青野も笑って、「そうですね」口には出さねど顔がそう言っていた。なんのことはない。石田が福崎に勝ち、青野が谷川に勝ったら、の話なのだ。取らぬ狸の……などとは言うまい。真夏の夜の夢に終わらぬよう祈る。
(中略)
8月24日 午後8時
特別対局室では、石田~福崎戦が行われている。竜王戦の準決勝で、これが本日のメーンイベント。
過去の例では、石田はここ一番に弱かった。緊張しすぎるのである。ところが、年の功なのか、この日の石田は適当にリラックスしていた。昼間、大広間に来て言うには「ボクはボヤきますがね、口でいうほど不幸じゃない。むしろ成功した方だと思っていますよ」
そりゃそうだろう。勝ちまくっている将棋指しほどいい商売はない。
(中略)
控え室には石田ファンが多い。彼は人に好かれるタイプなのである。だから勝負弱いのだが、それは別の機会の話として、みんなハラハラしながらテレビの画面を見つめている。いつか大ポカが出るんじゃないかと。
ところが石田はしっかりとしていた。直線に入っても、差をつめられるどころか、差を開いていった。
(以下略)
将棋マガジン1990年12月号、奥山紅樹さんの「棋界人物捕物帳 石田和雄八段の巻」より。
「かぜん、時の人となりましたね。オジサマ族の狂い咲きですか、それともいよいよ大器晩成のあかしですか?」
ちょっぴりの冷やかしをこめて質問をぶつけたら、
「いやいや……勝っていればねえ、このインタビューも面白くなるんでしょうけど。3組優勝という目標をはたしたので大満足とせねばいかんのでしょうが……人間、欲がありますからねえ。やはりフランクフルトへ行きたかった。
ハスキーな声でハハハ、ハハハと笑った。
今期竜王戦をエキサイトさせた中心人物である。3組を制した勢いで1組二位の中原誠名人と、はげしい攻め合いで勝利!
「将棋の流れが自分の方に回ってきた、ひょっとすると、挑戦者になるかも……と思いましたよ、内心では……ハハハハ」
続いて対福崎文吾八段戦。堂々のノックアウトかTKO勝ちでした。
「しがみつかれると振りほどくのが大変な相手だからねえ…距離を置いて打つ作戦で、うまくパンチが当たっちゃった……ハハハハ」
で、いよいよ谷川王位と竜王挑戦権をかけての三番勝負でした。第一局の中盤まで…「石田優勢」の声も出る大接戦―。
「あれを勝たなくちゃね…しかし一流の人は小さなミスを見逃しません。甘い順は指してくれない…さすが谷川さんです。『ダッ!』と踏み込まれて、支え切れなかった…ダメです、こっちはもう中年になって頭が固くなってますから。向こうはこれから円熟してくるという…ええ、この開きは大きいですよ、いけませんねえハイ。どうにもハハハハ」
たちまち始まる棋界名物「石田ボヤキ節」。半ば手中にした挑戦権が遠のいていく、くやしかったでしょう。ボヤキたくもならあね。
「一度でいいから将棋史に残る大舞台で……それがどんなものかを体験してみたかったですねえ、ハイ。最後のチャンスを神様かなんか知らんが…この石田和雄に与えてくれた。人生のバイオリズムというか心技体の波というか。それをモノに出来なかったのが、無念です」
あなたの長年の夢でしたからねえ。「いつか大きなタイトル戦のひのき舞台に立ってたたかいたい」というのは……。
と、ここまで言いかけて不覚にも捕り方の目頭がジンと熱くなり、声がくぐもった。どうもこの人と話していると、つい演歌調になってくるから不思議である。
(以下略)
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この期の竜王戦は、谷川浩司王位が羽生善治竜王に挑戦し、竜王を奪取することになる。
(→「一人で行って・・・」)
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石田九段は、1980~90年代のNHK杯トーナメント解説の常連だった。
非常に味のある語り口が忘れられない。
石田九段が師範を務める柏将棋センターのボームページには、「石田九段の今週のつぶやき」が載っている。
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石田九段一門には、勝又清和を筆頭に、佐々木勇気四段、門倉啓太四段、高見泰地四段。
今後も、普及・育成面でどんどん活躍をして、石田節をもっと聞かせてほしいものだ。