谷川浩司名人(当時)2.1倍、羽生善治竜王(当時)51倍

将棋世界1990年3月号、青島たつひこさんの「駒ゴマスクランブル」より。

青島たつひこさんは鈴木宏彦さんのペンネーム。

谷川浩司名人 2.1倍

中村修七段 12.7倍

島朗前竜王 10.2倍

塚田泰明八段 8.5倍

南芳一王将 5.6倍

羽生善治竜王 51倍

林葉直子女流王将 25.5倍

清水市代女流三段 25.5倍

 上の表はなんの表か。これを見ただけでお分かりになる方は相当に鋭い。

 競輪や競馬などのギャンブルをおやりになる方なら、この表がなにか賭け事のオッズを表していることはお分かりだと思う。

 昨年の夏ごろから本誌の編集者や若手棋士の間である賭けが行われていた。対象は上の8人。谷川名人に始まって、中村、島、塚田―。これぞ将棋連盟の誇る花の独身クラブのゴールドメンバー。そう書けば、賭けの内容もお分かりになってきただろう。そう、上の8人の中で最初に結婚する棋士、これを当てるのである。

「棋士の中で次に結婚するのは谷川名人だろうな」

「いや、林葉さんが『結婚するなら南先生のような人がいい』というのを聞いたことがあるぞ。あれは怪しい」

「いや、おれは案外、清水-羽生という線もあると思う」

 無責任な連中が無責任なことを言い合って賭けが始まった。

 最初のうちはごく内輪だけで行われていたこの賭けだが、やがてなぜか当事者の塚田八段や中村七段も参加者になっていた。やっぱり、みんなライバル達の動向が気になるらしい。

 なんといっても、「谷川先生が本命ですよ」という声が多かった。名人はかなり前から「機会さえあれば」と、言っている。

「南王将が危ない(?)」という声もかなりあった。「ああいった静かな先生は、お見合い一発ツモが怖い」というのである。

 あと名前が上がったのは中村、塚田、両女流の順。島前竜王は羽生とともに、「最も可能性の低い棋士の一人」と見られていた。島のオッズが割りと低いのはなぜかむきになった塚田八段が一人でまとめ買いしたからなのだ。

 なにしろ島には「結婚はまずありえません。以前はおたがいに干渉しない生活感のない結婚ならしてもいいと思ったけど、生活感のない結婚て難しいことが分かったから。僕が女性と一緒にいたくなるのは対局に負けた夜だけなんです。そのために結婚するというわけにはいかないでしょう」(本誌・1988年12月号)という公式発言(?)がある。だがー、うーん、見事にだまされた。

 1990年12月28日。この夜、新宿の塚田八段のマンションに五人の棋士が集まった。前日羽生六段に敗れ、竜王を失ったばかりの島、そして塚田八段、中村七段、大野五段、小倉四段。仲のいい棋士が集まっての忘年会兼竜王戦の慰労会みたいなものである。

 みんなが集まったところで、突然島が27万円入り、三井銀行の封筒を中村の前に差し出した。なにこれ?みんな唖然。それが島の結婚宣言だと気が付いて更に唖然、そして呆然。島と中村の間では「先に結婚するほうが年齢✕1万円を払う」という契約が、もう3年も前からなされていたのだった。

 宮城県仙台市生まれ。短大卒業後スチュワーデスとして航空会社に勤め、現在は神奈川県川崎市に在住の24歳。元ミス宮城、そして昨年度のミス川崎。これが、島前竜王の婚約者・相沢薫さん。

 二人が知り合ったのは、川崎市民プラザで行われた今回の竜王戦第1局の前夜祭のとき。

相沢さんはミス川崎として前夜祭に花を添えていたのだが、その相沢さんに一目ぼれした島が翌日の昼休み(つまり、第1局の対局中だ)、川崎市民プラザの館長さんに頼み込んで相沢さんの電話番号を調べてもらい、その夜のデートの実現にこぎ着けたのだという。結婚の約束はそれから三、四日後。なんと恐るべき早仕掛け。

 以下は関係者、及び島前竜王の証言。

中原棋聖「うん、僕は少し前から知ってた。島君から電話かかってきたから。竜王戦やってたから、みんなには黙っていたんだ。最初はびっくりしたよ」

塚田八段「僕達は年末の発表まで、全く知らなかった。僕は最初のデートのとき、島さんに同伴していったんですけどね。あのとき一番ショックを受けていたのは、お金を渡された中村さん。それから対局(米長-谷川の、王将戦プレーオフ)が終わってから合流した谷川さんもショック受けてましたねえ。僕?まだまだ先輩がたくさんいますから僕はゆっくり行きます」

中村七段「…………」(1月8日、将棋連盟で会ったとき。まだショックが残っている様子。隣にいた小倉四段が「そりゃあ、お金なんかもらうより、いい人のほうが欲しいに決まっていますよ」)

 谷川名人「うーん、驚きました。去年1年で一番びっくりした出来事でした。あの決断の早さは私には絶対に真似できません。私ですか?予定のないものは答えようがありません。これで竜王防衛して発表していたらすごかった?世の中、そこまでうまくは行かないんです」(最後の部分は、言葉にやや力が入っているように感じられた)

島前竜王「竜王戦に勝っても負けても年末に発表するつもりでした。これが映画かなんかなら、防衛できるんですけどね。でも、僕の力で第8局まで行けたのも、彼女のおかげですから。おかげで自信がつきました。デートですか?もう60回近く。二人とも人混みが嫌いだから、基本的に二子玉川とか、玉川高島屋とか、自由が丘とか、世田谷区、及びその周辺のデートですね。昨日も川崎市民プラザの館長さんにあいさつしてきました。

(以下略)

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23年前の今日が、島朗九段による婚約発表が内々に行われた日だ。

中村修七段のショックは、27万円よりもはるかに大きかったことがわかる。

竜王戦の担当であり、お二人が出会うきっかけを作った読売新聞の山田史生さんの記事

羽生善治三冠が最も印象に残っているタイトル戦(最終回)

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将棋世界のこの号の記事には、島朗九段の奥様の写真が載っている。

「ウソだろう…」という言葉が出てくるくらいの綺麗さ。

勘弁してほしいほどの美しさだ。