泉正樹七段(当時)「うちのエルちゃんは自分のことを犬だと思っていない」

近代将棋2003年5月号、泉正樹七段(当時)の「野獣猛進流 囲いの攻略法(16)」より。

 ドッグフードは肉系、魚系さまざまに分類されていて、色々な野菜、各種ビタミンをミックスさせたものを合わせれば3ケタにも達するかもしれない。

 おやつ類は子どもがこっそり食べてしまいそうなビスケットやドーナツもあるし、うっかりすると、おとなだってビールのつまみにもってこいのソーセージやビーフジャーキーも多彩。

 野獣家ではママの教育方針が鉄板なので、きまったフードとリンゴの皮しかエルちゃんにはあげていません。

 お散歩中に、飼い主のお母さんがおいしそうなビスケットを愛犬にあげている姿を見るとそれも一局かなと思うが「一度あげたが最後もうリンゴの皮なんかじゃイヤ」という顔をしてわがままになるようだ。

 そういうわがまま娘に育ったら、人間が食べたいものをガマンして愛犬にたらふくごちそうを与える、つまりこちらがガリガリにやせて、犬の方がブクブクに太る。どちらが飼っているのか解らなくなり、まさに本末転倒。

 早いものでうちのエルちゃん5ヵ月が経過。そんな中、夫婦そろって確信していることがあります。それはエルはやっぱり天才、いやちがった”いたずらの天才”だったということです。

 陽気な性格のせいか基本的に一人にされたり、二人で話していて相手にしてくれないと悪知恵を働かせます。

 両方の部屋にチョッコリ侵入し、”コロコロウンチ”を分けてする。すでに何度も踏みつけそうな局面に直面している。そうかと思うと、玄関のクツやサンダルスリッパをくわえて見つけづらい所に隠す。研究会で来ている人のクツにも悪さをするようになったら大変なので良い打開策を検討中。

 研究会メンバーが来ると必ず2本足で立って両手をバタバタさせる。あまりにも激しいごあいさつなので、村山君には爪でひっかきキズを作る始末。

 野島君、菊地君には少々油ッこいマスクにペロチュー攻撃。千葉君、殿岡君には手のひらで十分と心得ている。

 こんなワンパク+ジャジャ馬娘がいて果たして研究会が無事にできるかと心配される方もいらっしゃるでしょう。「あに図らんや」意外にも対局が始まれば”ひだまりのエルネンネの図”。

 こういうときのために猛進君も日々棋譜を並べるときに、「パチッ。これはお仕事」という具合にちゃんと言い聞かせているのです。

 駒をくわえるのも盤をカジカジするのも一切なし。いたずら大好き娘も”お仕事”には絶対服従、大事なことはちゃんと理解できているからすごい。

 感想戦になると静かにネンネしてた姿が一変「エウエウエウエウエウッー」騒ぎ出す。これには皆に多分に迷惑をかけているが、気のいい菊地君は「ンーこの犬かしこい!対局中は絶対鳴かないもんな、野獣先生が言う通りやっぱりエルちゃん天才かも」ホメてくれる。そう、エルは要領もわきまえているんだよ。なんて言うと、すかさず「先生完璧に親バカ」と当てられる。まあうれしいからいいんだけど……。

 たしかにうるさいんで自分の感想戦はそこそこに、遠藤-殿岡戦を抱っこして見せてみる。まず殿岡君の玉を見てごらんと指示すると顔を突き出しクンクンニオイをかぐ仕草。美濃囲いから3七に顔を出した玉がやさしそうに感じたのだろう、力をゆるめれば猛進君の腕をすり抜け、ステップして殿岡玉にパクツクであろう。

 今度は逆側の遠藤さんの玉を教えてあげる「ネ~~遠藤さんの王様堅いだろ、アレ、でも玉の位置1二に上がってる。だけどやっぱり金銀4枚、すごく強いゾーー」これにはエルちゃん確かに猛進君の顔より高くのけぞった。

 やっぱりアナグマンの玉は金銀にガッチリガードされているので近寄りがたいどころか怖かったのだろう。

 同じように村山君の角つき金銀4枚を見たときものけぞっていた。穴熊に拒否反応を起こすとは、オオカミ時代によっぽど怖い目にあったに違いない。

 ともあれ、皆にはやさしく接してもらっている。もっといい子にならネバ。

 親バカついでにもう少し賢いところを掘り下げると、車の中に乗せると後部座席と助手席を自在に飛び跳ね、ジャレまくる。

 ママがいっしょにいるならともかく、これでいっしょに運転するのは危険極まりない。ところが発進すると途端におとなしくなり、助手席で”オスワリ”から”フセ”の優等生ぶり。目的地までの10分間、じっとしているからチャイルドシートの世話になる必要なし。運転中にいたずらをすれば確実に事故につながる。このことを「危ないからいい子にしててネ~~」と言っただけで理解してしまった。やっぱり天才だ。

 天才ぶりはお散歩中にも発揮される。

 人にも犬にも決して吠えない。公園にダックスフンドのグループが10匹ぐらいいて吠えられても「柳に風」とばかりに受け流し、そこを去る仕草は微塵も見せず、お母さん達に「こんにちは」のポーズ。このごあいさつがとびきり可愛いらしく「アラ、エルちゃんごあいさつしてくれたの、いい子ネ~~」といってポワポワのエルをなでまくる。それを次々やるものだから、お母さんを横取りされた気分にもなる。

 ダックスちゃん達にしてみれば、「あんたはヒゲヅラのきたない顔したパパがいるでしょ、こないでよ。ワン」と、しゃべっているように聞こえる。

 しかしエルはその程度の攻撃にはビクともしない。言いなりになってはパパの立場も丸潰れと解っているし、何よりエルは犬のことはあまり好きではないし無視しているに等しい。

 つまりうちのエルちゃんは自分のことを犬だと思っていない。それが証拠に鏡に映る自分の姿に首をヒネる。窓ガラスに映った姿には番犬同様に吠え立てる。だいたい毎日鏡に対面して「おかちぃ、あたちじゃない」と首をフリフリする。

 ただし全然平然としているときがある。そう、それはママに抱っこされ映っているときである。そうなのです、どうやらエルちゃんは自分のことをママみたいな美人だと思いこんでいるようなのだ。なるほど、これじゃお散歩に行って人に片っ端からごあいさつするわけだ。

 犬の5ヵ月は人間では8~9歳。犬の思春期に突入したか、はたまた人間になりたい強い願望があるのでしょうか。そういえば小さい女の子がお母さんの口紅や香水をぬりたくって遊んでいること多々ありますネ。

 これと同じことがエルにもいえるわけで、目を少しでも離したスキにママ部屋にちゃっかり入り込み、手の届く所にあるものなら、衣類や本やペンにも食らいつく。オチャメに口をあけ振り向く姿は特選の可愛さ。ママもあまりの可愛さに叱るのも忘れて「エル~~何やってんの~~」といいつつ、けっこう喜んでいるようです。

 エルちゃん果たして人間になれる日は来るのか。いたずらに想いを込めてその機会を狙っている。そのうちにまたお伝えします。エウッエウ~~。

(以下略)

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村山君は村山慈明三段、野島君は野島崇宏三段、菊地君は菊地裕太三段、千葉君は千葉成人初段、殿岡君は殿岡裕里二段、遠藤さんは遠藤正樹さん。

とても楽しそうな研究会だ。

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たしかに、自分のことを犬と思っていない犬、猫と思っていない猫はいるもので、森信雄七段の金太郎も、自分のことはヨウムだと思っていないと思う。

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泉正樹七段(当時)と飲んだ時、エルちゃんのアルバムを見せてもらったことがある。

本格的な厚手のアルバム。

それが2004年頃のことなので、今ではそのような厚手のアルバムが数十冊になっているに違いない。

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ニコ生で、泉八段の面白さとエルちゃんのことが多くの将棋ファンの方に知られることになり、個人的にもとても嬉しい。

 

「泉正樹七段(当時)「うちのエルちゃんは自分のことを犬だと思っていない」」への1件のフィードバック

  1. エルちゃんネタ連採、ありがとうございます。
    ニコ生でも研究会風景の写真も紹介されていましたね。

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