加藤一二三九段の虫退治

将棋世界2003年5月号、深浦康市七段(当時)の「31年間の感動をありがとう」より。

 将棋ファンの朝の憩いのひとときであった、早指し将棋選手権戦は今期で閉幕となった。スポンサーの獲得はどの業界でも厳しいのが現状だが、見えない「不景気」の影に名物番組が影響を受けることはあまりにも惜しい。

 番組の顔でもある、島田良夫アナウンサーは東京オリンピックの年(昭和39年)にテレビ東京に入社。その中継などの仕事を努め、入社8年目、35歳(昭和47年)の時に、第1回早指し戦の司会をまかされた。以来31年間、1594回(!)の放映を1回も休まず勤めてこられたことには驚くというよりも頭が下がってしまう。「アナウンサーとしては他局を含めても新記録だろうね」と言った島田さんの目頭はなんだか赤くなっているように見えた。

 その31年間の幕引きを飾る決勝戦は、羽生竜王対藤井九段戦。間違いなく将棋ファンが見たい対戦の1、2位を争うカードである。”魅せる将棋”と”勝負の帰趨が分からない”の2つはそのキーワード。ファンが求めているのは、勝利にごだわる姿勢、よりもハラハラドキドキのスリリングな展開であろう。羽生-藤井戦はテレビ将棋らしい、俗に言う”銭の取れる将棋”なのである。

(中略)

 放映されていない面白い話もたくさんある。10年間記録係を務めた山田久美女流三段は、ある対局の時、スタジオ内に虫が紛れ込んでいることに気付いた。雑音に敏感な対局者の加藤一二三九段はすくっと立ち上がり、バチン、と退治してしまった。その一連の動作にさっきまでの緊張感はどこかへ行き、笑いがこみ上げてくる。それを意地の悪いカメラマンがズームで撮り、必死に笑いを押さえる記録、読み上げの2人には、後日「不謹慎だ」との投書が届いたらしい。「虫退治の所から撮ってくれれば笑いの意味が分かったのにねえ」と山田さん。そういえば対局の時「くう~」と虫の声が時折聞こえてくるのは記録係から。スタジオには様々な虫が観戦(?)に訪れる。

(以下略)

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スタジオ内を飛んでいた虫は何だったのだろう。

手で退治したのだから蚊の可能性が非常に高い。絶対に蜂ではない。

宮本武蔵は飛んでいるハエを箸で捕まえたという。

蚊とはいえ、一撃で退治するのは難しいことだ。

対局中の鋭敏に研ぎ澄まされた集中力のなせる技なのかもしれない。

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島田良夫アナウンサーはこの時65歳。

島田さんは、現在でも就位式など将棋関係イベントで司会を務められていることもある。

2008年には大山康晴賞を受賞している。

早指し将棋妙手奇手・アナウンサー島田良夫氏 (NIKKEI将棋天国)

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この決勝戦は相振り飛車となって羽生竜王(当時)が快勝。

通算800勝を達成した。

テレビで放映される対局は放送終了まで結果が伏せられるのだが、この時ばかりは放送前に新聞で羽生竜王の800勝達成が報じられた。

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同じ号に載ったバトルロイヤル風間さんの漫画が最高だ。

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この頃、NHK杯将棋トーナメントでは三浦弘行八段が優勝しており、NHKでの放送はテレビ東京早指し将棋選手権戦最終回よりも後。

「いーんです おたがいさまですから」と言って、本当におたがいさまにするテレビ画面と、朝コーヒーを口から吐き出す瞬間の羽生竜王。

超絶妙の4コマ目。