「将棋やっててイヤになるって事、ありませんか?」という質問

将棋世界2003年5月号、日浦市郎七段(当時)のA級順位戦最終局「挑決は羽生VS佐藤に」より。

 先日、先崎学八段と飲む機会があったのだが、その時に面白い話を聞いた。

 それは羽生竜王が十八か十九の頃の話だ。羽生がある若い女性に「将棋やっててイヤになるって事、ありませんか?」と聞かれた。すると、羽生は間髪を入れず「いや、ありません」と答えたそうだ。その女性が再び、「例えば将棋負けた時とか、将棋盤を見るのもイヤになったりしないですか?」と問い詰めたのだが、羽生は再び間髪を入れず「いえ、全然一度もないです」と答えた。

 そのやりとりを隣で聞いてた先崎は「コイツはスゲエ奴だ」と思ったそうだ。確かに、こういう答えができる棋士はほとんどいないだろう。

 もし、この質問を僕に向けられたとしたら、僕はどう答えるだろうか。僕なら恐らく、まず「うーん」と一言唸り、腕組みをするだろう。そののち、答えを考えるために約ニ秒間、目を閉じる。すると、まぶたの裏に焼き付いているさまざまなシーンを思い出すことになる。奨励会の入会試験であと一勝ができなくて不合格になり、ホテルのベッドで泣いた時。棋士になって二年目、大スランプに陥って毎日酒ばかり飲んでいた時。順位戦最終局で負けて昇級を逃した時。他にも必勝の将棋をトン死で負けた時などなど。

 他にもいろいろな場面がフラッシュバックして結局、「まっ、ないと言えばウソになりますかね」と答えるか「僕なんか毎日ですよ、あはは」と笑ってごまかすかするだろう。あるいは遠くを見つめる目になって「あれは二年前のある夏の日の午後の事でした・・・」と語りはじめるかもしれない。というか、ほとんどの棋士はそれに似たような反応をするのではないだろうか。それを若かったとはいえ、羽生はサラリと「いえ、ありません」の一言ですましてしまったのである。これって結構スゴイ事だと思う。

(以下略)

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羽生三冠が18か19の頃だから、1988年か1989年の出来事なのだろう。

何かの雑誌のインタビューで聞かれたことなのか、合コンでの会話だったのか。

「将棋やっててイヤになるって事、ありませんか?」

合コンだとしたら無粋な質問だ。

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私は、将棋をやっていてイヤになったことが一度だけある。

私は中学2年の秋から中学3年いっぱいまで将棋に熱中し、第一志望の高校に落ちてしまった。

これは将棋が悪いというよりも、私自身が勉強をしなければならない時間に、名著『大野の振飛車』や『升田式石田流』の棋譜を何度も繰り返して並べていたのがいけないのだが、第一志望の高校に落ちて、将棋からは遠ざかろうと思った。

おりしも、升田幸三九段は休場が続くし、大山康晴十五世名人も無冠になって、将棋月刊誌では振り飛車の棋譜が少なくなり、矢倉などの居飛車戦法が増えつつある時代だったことも、将棋から離れる後押しとなった。

将棋世界の初段コース、初段の直前の累積点数になっていたが、これも止めた。

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結果的には、この時第一志望の高校に落ちたことは、後になってみれば良かったことなのだが、将棋から離れる時期が続く。

いろいろ思い出すと、延べ2日間ほどの時間は別としても、中学を卒業してから15年は将棋から離れていた。

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将棋に戻るきっかけは単純なことだったが、これはまた別の機会に。