将棋世界2003年8月号、作家の常盤新平さんの「名人閑話 ―羽生善治竜王・名人にきく」より。
雑談ではじまったインタビューも、ここで再び雑談にはいった。私は棋士の服装について感想を言った。羽生さんをはじめ、島朗さんにしても、佐藤さんにしてもベスト・ドレッサーだと思ってきた。羽生世代はとにかく服装の趣味がいいし、みんな脚が長い。私は佐藤さんの濃紺のスール姿が好きである。
「島さんが抜けているんじゃないですか」と羽生さんは言った。テレビで島さんの解説を聴くのは楽しい。
「棋士たちが服装に気を遣うのは、人前に出て写真を撮られたり取材されたりする機会がふえたからでしょう」と羽生さんは言った。テレビの対局や公開対局もあって、棋士の顔を見ることが多くなっている。しかし、私が思っているほどには、棋士たちは服装を気にしていないはずだ。
「一般には着るものに制約はありますが、将棋界にはその制約がない。それで奇抜な服装の棋士もいます」と羽生さんは笑った。
羽生さん本人は、「人前で話をするというのは得意じゃない」と言うが、なかなかどうして座談の名手である。このインタビューでも羽生さんのお話に笑いがたえなかった。
羽生さんはつねに時の人だから、取材が殺到する。それには慣れているだろうが、貴重な時間が奪われる。
「(取材を)断っていることが多いんです」と羽生さんは言う。「全部受けていると思われているけれど、ほとんど断っています。できる範囲で応じている。それ以上の背伸びはしてません。人との接し方もそうなんです。中々そのようなことはしてないんです」
羽生さんのお話は論理的でわかりやすいと言ったところ、羽生さんは笑顔になった。
「もっとわけのわからないことを言えるようにならなければならないと思っているんですが。トキワさんとこんな話をすることになるとは思っていなかった」
「羽生世代といわれる」、「いや、羽生時代だ」と言う人もいる。羽生さんはそのことを不思議に思う。
「集団発生したみたいで、イナゴみたいな(笑)。今まで将棋の世界にはなかったし、ほかの世界でもないですね。私が出たころは、プロを目ざした人数が多かった時代です。子供が多かったということもありますね。
たんなる偶然ではないですよ。みんな切磋琢磨したんです。それに、将棋は何歳じゃなきゃだめとも思いません。二十代でなければだめだということは将棋の世界にはない。水泳は違いますが。
ただ、私たちの世代がずっとつづくとは思えませんね。二十年後もつづくというのは異常です。他人事のようですけど」
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「ただ、私たちの世代がずっとつづくとは思えませんね。二十年後もつづくというのは異常です。他人事のようですけど」という言葉から9年が経過している。
現在でいうなら、「ただ、私たちの世代がずっとつづくとは思えませんね。十一年後もつづくというのは異常です。他人事のようですけど」
になるのだが、異常な感じが全くしない。
11年後も羽生世代の棋士が活躍しつづけていても不思議ではない勢いだ。
羽生善治三冠は、常に進化しつづけている。
今でも、「ただ、私たちの世代がずっとつづくとは思えませんね。二十年後もつづくというのは異常です。他人事のようですけど」と思っているのかもしれない。