ファッション誌に登場した塚田泰明八段(当時)

将棋世界1991年1月号、「棋士交遊アルバム 賀来千香子さん(女優)&塚田泰明八段の巻」

 「賀来千香子さんと、ゲイナーに出ていただけませんか」

 「ゲイナー誌」編集長の小井氏から出演依頼を受けたのは9月中旬の事だった。

 二つ返事でOKしたのだが、内容は撮影中心との事。モデル出身の賀来さんと一緒の撮影で、私はちゃんと出来るかどうか、かなり心配だった。

 撮影は10月中旬。青山一丁目、新宿御苑、神宮絵画館前の3ヵ所で、午前10時頃から午後4時頃まで行われた。

 撮影は5パターン。当然、スタイリストの方が用意してくれた洋服も5パターンである。映画のワンシーンをイメージしたものらしい。

写真: DSC_0090

将棋世界1991年1月号掲載の写真の一部

 賀来さんとは、もちろん初対面だったが、テレビ等で拝見するのと同じイメージの方だった。優しくてしっかりしていて、私にとっては「いいお姉さん」という感じ。あまりお話はできなかったのだが、撮影中、慣れない上にかなり緊張している私に気を遣って、いろいろ話しかけてくれたり、目線の指示などをしていただいた。

 そのおかげで、私は少しずつリラックスする事ができたようで、出来上がった写真を見ると、私は、思ったよりましな顔をしている。

写真: DSC_0091

将棋世界1991年1月号掲載の写真の一部。ずっと右側に賀来千香子さんが写っている。

 こういった仕事は、たまの事なので緊張もするが、その分良い刺激にもなる。特に今回のような「一日だけの恋人」的なものは、とてもラッキーだと思う。

 チャンスがあるか分からないが、賀来さんは、もう一度お会いしてみたい、非常に感じの良い方だった。

写真: DSC_0092

将棋世界1991年1月号掲載の写真の一部


―賀来千香子さんから見た塚田泰明八段の印象は?

「サラブレッドというか、血統の良さを感じさせる方です。そして素朴の『素』の字がとても似合うイメージ。きょうの写真のポーズにしても、カメラマンの方の注文をひとつひとつ確認しながらなさっていて、とても好感がもてました。エスコートもこちらの気持ちを尊重しながら、とやさしそう。でも対局のときはきっと違うんでしょうね。ぜひ一度拝見してみたいです」

(ゲイナー12月号より抜粋)

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Gainer(ゲイナー)は、光文社が発行している30歳前後の男性向けファッション月刊誌で、同じく光文社から発行されている女性ファッション誌。「JJ」とは姉妹誌の関係にある。

1991年のこの頃の「ゲイナー」は、25歳前後の男性をターゲットとしていた時期であり、JJ世代の女子大生の彼氏が読む男性ファッション雑誌の位置付けだったという。

塚田泰明八段(当時)が26歳、賀来千香子さんが29歳の時の写真だ。

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仙台の男子高を卒業して東京の大学へ入る前、「東京にはテレビドラマに出てくるような女子大生がたくさんいるんだろうな」という妄想を描いていたことがあったが、社会人になってからその存在を知ることになる賀来千香子さんが、その時に茫洋と思い浮かべた「東京の女子大生」のイメージに合致する一人だった。

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賀来千香子さんは18歳の頃から「JJ」のモデルとして活躍していた。

「JJ」は、1975年、『女性自身』別冊として隔月刊で創刊された。

昭和30年代の話になるが、『女性自身』編集部に高橋呉郎さんが勤務していた。

同じ時期に、高田宏さん(高田尚平六段の父で作家で前・将棋ペンクラブ会長)が少女雑誌「少女」編集部に、小林察さん(後に大学教授、小林宏七段の父)が出版部に勤務。

当時80人ばかりの光文社で、そのうち二人の編集者の子供が棋士になり、一人が将棋観戦記も書くライターになったわけで、確率的に考えても全く不思議な縁だ、と高田宏さんが将棋ペンクラブ会報1989年春号に書いている。また、高橋呉郎さんも、将棋世界で同様の感想を述べている。