「あの二人が検討をはじめると、いつまでたっても終わらないんだよ」

将棋世界2003年8月号、作家の常盤新平さんの「名人閑話 ―羽生善治竜王・名人にきく」より。

 しかし、いぜんとして集中力は失われてはいないわけでしょう。

羽生 そうですね。だから、持時間が短いとき、テレビの将棋のような場合は最初から最後まで集中していないといけないんですが、持時間が長ければ、一番深く考えるとか、ぶっつづけで考えるとかいうことはできないんで、かなり波があるんですね。その波というか、考えるということにメリハリをつけていないと、二日間トータルに同じ集中をするというのが難しい。

 集中にも深くと浅くがあるわけですか。

羽生 意識的にやってるわけではないけれど、自分の判断でメリハリをつけるんです。二日間つづいて、肉体的にしんどいかというと、意外にそうでもない。メリハリをつけてやってるんで、人が思うほどではないですね。一日制ですと持時間が四時間か五時間、二日制ですと八時間から九時間で、二日制は一日制の分を掛ける二でやっているようにとらえられるようですが、そうではなくて、一局の「将棋を薄さに変えて(つまり、二日に分けてというか)やってる感覚なので、それほどしんどくないんです。

 名人戦は二日制で二日目は夕食休憩があって、かなり長いという感じがします。マラソンにたとえると、49.195に五キロを足したくらい。その最期の五キロがしんどいんじゃないかと想像していたんですが、実際にやってみると、走るペースを少しおそくすれば、残りの五キロはさほどじんどくないんです。実際は思ったほど消耗はしていなかった。

(中略)

 局後の検討というのは、とくに第四局の場合は大変じゃなかったでしょうか。私も王座戦で羽生さんと佐藤(康光)さんの対局を観戦したんですが、その局後の検討がいつまでも終わらないんで、すると、誰かが「あの二人が検討をはじめると、いつまでたっても終わらないんだよ」と笑ってました。

羽生 いやあ、検討は楽しいですね、気楽なので。打ち上げの時間になっても、最近は気のすむまでやっていて……、打ち上げはもっと先にのばして欲しいと思ってます。

 はっきり結論を出さないと、すっきりしないんですよ。打ち上げの時間が来て、そこで検討をやめてしまうと、打ち上げの席についても、やっぱり頭の中で考えているんで同じことなんですね。それだったら盤に並べてやったほうが、すっきりする。

 私の場合は盤で検討してみて、ここが敗因で、ここが勝因だった、ここがポイントだったというところが感想戦で全部わかって、あとは全部忘れたいんで、家へ帰って、あとで考えないで忘れることができたら一番いい。だから、どうしても検討が長くなる。

 でも、昔にくらべると短くなったほうなんですよ(笑)。

 私が四段になった十五年ぐらい前は、長い人が多かったし、私はその影響をだいぶ受けています。二時間、三時間は当たり前で、今は比較すると短くなってきて、ポイントだけやって終わりという感じです。

 検討してみて得るところはあると思います。ただ、将棋によってはまったく検討することがない場合もありますね。でも、タイトル戦のときは持時間が長いし、検討する材料がたくさんある。ここはどうだったこうだったと相手と話したい場所がたくさんあります。

 それでえんえんと感想戦がつづくんですが、検討している本人も実は何を言ってるのかわからなくて検討してるんで(笑)。そのことを理解してもらおう、しかし、それは難しいぞと思いながら、つづけているわけです。

 感想戦で羽生さんが私の顔を見てから、わかるかといった意味のことを言われたんですが、申しわけないことに私はわからなかったんです。今なら少しは理解できると思いますが。

羽生 駒を動かして検討しているつもりはあるんですが、お互いに無意識のうちに口で言ってることもあって、「それを取ってはだめだね」と言われても、何を取ってだめなのか、それがわからないこともある(笑)。

 長い感想戦を終えられて、帰宅は三時四時になると思うんですが、奥さまは起きていらっしゃいますか。

羽生 夕食休憩がある対局のときは、先にやすんでいてくれと言いますね。大体、家へ帰るのが三時か四時というパターンなんで、その時間まで起きててくれと言うのは、気が引けます。

(つづく)

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とても愛する女性がいる。

その彼女と楽しく話している。

ずっと一緒にいたい。

しかし、これから自分を祝ってくれるパーティーに行かなければならない。

彼女は連れていけない。

頭は彼女のことだらけで出席する華やかなパーティー。

「はっきり結論を出さないと、すっきりしないんですよ。打ち上げの時間が来て、そこで検討をやめてしまうと、打ち上げの席についても、やっぱり頭の中で考えているんで同じことなんですね。それだったら盤に並べてやったほうが、すっきりする」

という羽生善治竜王・名人(当時)の言葉を見て、そういうような情景を想像した。