禁断の将棋心得

将棋世界1990年1月号、内藤國雄九段の「懸賞詰将棋&エッセイ」より。

 イギリスのチェスクラブで、プレイするときの心得が壁に張り出されているのをある本が紹介していた。

 多少将棋風に手直ししたが内容は次のごとくである。

  1. 指す前に幾度も駒に手を触れて、相手に気を揉ませること。
  2. 駒を盤上に力まかせに叩きつけ、相手をおじけさせること。
  3. 観戦中は喧しく口を出すこと。時には手も出して指し手を指示したり修正したりしてやること。
  4. どうしようもなくなっても、最期まで投了しないで相手をうんざりさせてやること。
  5. 王手が出来る時は必ず王手をかけること。かけまくっているうちに偶然詰むかもしれないし、少なくとも王手を一度もかけずに敗れるという惨めなことはなくなる。
  6. 明けても暮れても同じ戦法でいくこと。いつかはその戦法の神様とめぐりあえるだろう。
  7. 頭より先に手を働かせること。考えるのは指してからにして、まずいと気付いたら待ったをすればいい。ただし相手の待ったは絶対に許してはならない。
  8. 形勢が少しでも良くなったら、もうこの勝負は終わったという顔をし、詰みそうだったら自信がなくても大きな声で”☓手で詰みだ”と云ってやること。気の弱い相手なら、これだけで戦意を喪失したり、投了してしまったりする。

―以上、マナーが殆んどだが、5のように戦術的なものもある。

 わざと逆のことを心得として列挙しているところが面白い。さすがユーモアの本場ではある。

 日本一高い店と看板に書かれたスナックがあったが、梯子好きの仲間達もそこだけは敬遠した。もし看板通りだと大変だから。

 同じユーモアでも本場とは一味違うなあ。

 ただし、将棋愛好家の神経はどの国も大差ないようだ。先に挙げられた項目はいずれもいい線をついている―と私は思う。

 ただ項目によって異論をとなえる向きもあるかもしれない。例えば6、いわゆる”馬鹿一”を尊しとする気風が、我が国には昔からある。また4について、「王の頭に金を乗せられても、すぐには投了するな。心臓麻痺をおこして相手が死ねば勝ちになる」と云った棋士もいるのである。

(以下略)

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中世のフランスだったと思うが、カトリック界の方針により性的な書物(官能小説や実用書など)が規制で発禁になった時代があった。

そのような暗黒の時期に、非常に売れた本があったという。

『神の教え』のような雰囲気のタイトルで、

「女性の(中略)を(中略)して(中略)し(中略)するようなことは、神の教えに反するので絶対に行ってはいけません」

など、「(非常に細かい性描写)+をしてはならない」の様式の教えが、いくつも続くものだった。

イギリスのチェスクラブのプレイ心得も、このようなヨーロッパ流のセンスによるものなのだろう。