両対局者とも、昼食はじゃがバター、おやつがトウモロコシだった王位戦

将棋世界1980年9月号、能智映さん(三社連合記者)の第21期王位戦第1局「ウツボの戦い」より。

「毎度おなじみ!」などといっては、いささか両者に失礼な表現になろうが、またまた米長邦雄-中原誠の対決である。―今年に入ってからだけでも、棋王戦、名人戦、棋聖戦と両者によるビッグマッチは続いた。棋王戦、名人戦は中原が勝ち、棋聖戦では米長が勝った。

 だが、この王位戦は他の棋戦とはちょっと違った意味合いがある。

 ご記憶のファンもあろうが、前期、中原は米長の挑戦を受けて3勝4敗1千日手で、6連覇してきた王位を米長に手渡した。中原が米長に対して初のリターンマッチである。

(中略)

 第1局は北に飛び、函館の割烹旅館「小鶴」で行われた。結果を先に書けば、この一局は中原が圧勝して先手をとった。

(中略)

 17手目、中原が2六飛と引いたのを見て、観戦記担当の芹沢八段が説明する。

「わかるかな?これははっきり中原の5手損だ。しかし、中原は一歩手にしているので悪いとはいえないんだ」

 そして将棋は、米長が逆に飛車をひねって、「先手と後手が入れ替わったような形」(局後に中原)になっていく。

 将棋はほかでじっくり見て頂こう。盤側の話だ。

 昼食の注文を聞かれた二人は、なんと答えたか。

「ジャガイモにバター、それに四つ葉の牛乳」―米長の発想だが、中原もにやりと笑って「ぼくもそうしよう」と手に乗った。そして、ほかの者が食べているイカ刺しを見て「それも、もらおうかな」と手を出し、”北海道の味”を一気に味わう。

 さらに米長はいう。「3時のオヤツはトウモロコシにしてね」―こんな発想、どこから出てくるのか。難しい局面の1日目の3時、二人は向い合ってガリガリとトウモロコシをかじっているから珍妙だ。

(中略)

 1日目の夜は、地元のファンによる歓迎会だ。出席しなかったが、対局者の負担を思って早々に切り上げたという。

 9時過ぎだったか、繁華街の元町で、酔っぱらいに出会った。芹沢八段だ。また飲んで夜風に吹かれる。

「腹がへったなあ、なにか食おう」―料亭の豪華な食事をろくすっぽ食わなかったに違いない。

「うん、焼きそばがいい」と、しょう油のしみ込んだノレンをくぐる。「肉を多めに入れてくれ!」とかなんとかいって、よく食うのだ。結局、呑ん兵衛の芹沢が二人前食った。

 その夜、米長も街に出たという。中原は、「そのへんをちょっと散歩しました」といった。活発な米長、慎重な中原の性格が、こんなところにも出ている。

 ここで話が急に変わるのをゆるしてほしい。まずクイズだ。この字をなんと読む?「鱓」。答えは単純で簡単、「ウツボ」というウナギに似た魚の名だ。

 おかしなことに、この旅館に「ウツボの間」というのがあった。みんなの世話をやく北海道新聞事業部の田中さんが、この部屋に泊まっていた。さっそく芹沢八段から「ウツボの君」というニックネームを受ける。

 米長も面白がって、「ウツボ君、昼めしはカボチャにイカ刺しとしてください」などとやっている。

「このウツボ、歯が鋭くて、タコなどの頭にくらいつくんだ」というのが博識の芹沢八段の解説(?)だ。

 2日目の午前中、普通ならあまり駒が動かないものだ。ところが、この一局は違う。

 中原は米長の玉頭の薄味を突いて襲いかかる。65手目、5四歩と取り込むと、米長は「受けていてはジリ貧」(局後)と4五桂と強烈な反発を見せる。中原の5三歩成を同銀と取る銀損でからくもしのいでいるのだ。

「このあと、5三桂不成とされたときには、もう悪いと思っていた」と局後に米長は語るのだが、このへんヤジ馬のそろった控え室は無責任だ。

「おうおう、中原のウツボ攻めだ。薄い頭にくらいついたぞ!」「うん、中原優勢がはっきりした。早く終わるかも―」と五十嵐八段。

 だが、昼食時の米長は、ウツボの話で笑いこけている。

「ウツボがタコの頭に食いついても、歯がすべらないかなあ?」

 まったく馬鹿な話だ。中原は自室で昼食をとった。窓ごしに中原が大の字になって寝ているのが見える。―やっぱり静と動だ。

 地方の対局だから、当然大盤解説がある。この日は丸井デパートだった。地元出身の二上九段が登場すれば拍手拍手。また「チョメチョメ」の芹沢八段が出れば大受けである。

 調子よくやっていた芹沢が、一瞬考え込んだ。2図がその局面だ。ここで中原がどうしたか。―会場に伝えられてきた手は「▲5四角」だった。

ウツボ

 解説の芹沢八段、喜々として弟デシをけなす。「▲5四角!ほんとかよ。おかしな手だよね。名人の中原にいっては悪いが、ずいぶん筋が悪くなったねえ。何年に一度という悪手だよ」

 たしかにおかしい。3四金に4四金と寄られれば、遊び駒を働かすことになってしまう。

 しかし、それが伝達の違いだったのはすぐにわかった。事実は盤上で指されたのは「▲5六角」(好手)であった。

 米長から精気が消えた、と見たのは私だけか。例によってさわやか流。

「北海道はいい。食い物はうまいし、空気もうまい―」

 それでも粘る。冷房のない部屋、熱気がこもるが、依然として羽織を着たまま。鋭い目でじっと盤上を見やる。「与作かね」とつぶやいた。「もう日が暮れる」といいたかったのかもしれない。

(以下略)

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ウツボはタコにとっての天敵で、ウツボはタコの急所である頭を狙って、鋭い歯で噛みつくという。

そういうことなので、米長邦雄王位(当時)の「ウツボがタコの頭に食いついても、歯がすべらないかなあ?」は杞憂であることがわかる。

ちなみに、伊勢海老にとって天敵はタコなのだが、ウツボは伊勢海老の住処の近所に住んでおり、タコが伊勢海老を狙って寄ってきたタイミングを見計らってウツボがタコに攻撃を仕掛けるという構図。

伊勢海老から見ればウツボは、敵の敵は味方、という非常に明快な友好関係。

ウツボから見れば伊勢海老は、好物を引き寄せてくれる有り難いパートナー。美人局的な関係だ。

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おやつのトウモロコシが、焼きトウモロコシだったのか茹でたトウモロコシだったのかは分からないが、相対的に手が汚れることの少ない茹でたトウモロコシであったと考える方が自然だろう。

トウモロコシに関しては、焼きトウモロコシ派と茹でトウモロコシ派に別れると思うが、私は断然茹でトウモロコシ派。

トウモロコシに醤油の味は必要ないと思うし、食感も茹でた方が保たれるからだ。

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ところが、じゃがいもバターとなると状況が変わる。

茹でたり蒸したりしたジャガイモにバターも十分に美味しいのだが、個人的にはベイクドポテト(焼き上げたジャガイモ)にバターが一番。

茹でたサツマイモよりも石焼きイモの方が美味しく感じられるのと同じ感覚かもしれない。

ベイクドポテトで絶妙なのは、つばめグリルのハンバーグなどの付け合せとなっているベイクドポテト。外がややカリカリで、中がホクホク。

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それにしても、昼食がじゃがいもバターとイカ刺しだけで足りたのだろうか。

どちらにしても、この時代に現代のネット中継があったなら、相当に盛り上がったことは確かだろう。

 

 

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