近代将棋1991年3月号、「新刊書評」より。
「世紀末四間飛車」 櫛田陽一著 週刊将棋編
優等生的居飛車党の多い若手の中で、強気の発言と強気の四間飛車で一人気を吐く櫛田陽一が初の著書を出した。
寝坊しながらも優勝し、関係者を唖然とさせたNHK杯戦でも、強気の四間飛車一本槍だった。アマはこういった実戦的な本が読みたかったのだ。
内容は三部に分けられている。
第一部の講座編は、居飛車のあらゆる急戦に対しての対処法が詳しく述べられ、彼の研究量をたっぷりと味わえて興味深い。
中にはこんなに書いても、手の内を見せてもいいのかしらと思わせる突っ込みの鋭さもあるが、「いや、僕の本読んだぐらいじゃ、僕には勝てません」と強気な姿勢が面白い。
第二部、次の一手編は、急所の局面を25問出題し、その解答がたくまずして実戦講座になる仕掛けだ。通勤通学途中に読むには絶好である。
第三部・自戦記編は実は一番面白い。とことどころに彼の強気な顔をのぞかせている。
〔桐谷六段は対振り飛車には急戦を得意としており、かなりの研究家で、自信も持っておられる。私の世紀末四間飛車がどのぐらい通じるか楽しみな一戦であった〕
という控え目な出だしから、
〔この将棋をふり返ってみると私の方には悪手がほとんどなく自分の思い通りにいった会心の一局であった〕
〔そしてこの一局から、私には二枚銀戦法に対してかなり自信を持った。さらには今では私の世紀末四間飛車には二枚銀戦法は通じないという自信を持っている〕
と結んでいる。
また別の将棋で武市五段に勝った時は、
〔これで白星のスタートを切ったのだが、この後、有野五段と青木五段に負けて昇級は絶望となり、終わってみれば5勝5敗という情けない順位戦となってしまった。この年私にとって不思議でまた、くやしかったのは、昇級候補の有森五段や森内五段などを負かしてこの成績しか取れなかったことで、かえすがえすも残念だ〕
誰でも腹の中では、あいつに勝つのは当たり前とか、あれに勝つのは大変と思っているが、ハッキリ口に出す人は少ない。これも櫛田陽一の魅力のひとつであろう。
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明日の将棋ペンクラブ交流会での指導対局に、櫛田陽一六段に来ていただけることになった。
櫛田陽一六段は田丸昇九段門下だが、アマチュア時代は実質的に故・小池重明門下。
若い時にフリークラス宣言をしたが、2004年度と2007年度には順位戦復帰規定を上回る成績をあげている。
昨年の引退時、観戦記者の小暮克洋さんの音頭取りで櫛田六段の激励会が行われた時には、多くの棋士や関係者が駆けつけたという。
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櫛田六段というと、1989年度のNHK杯戦での優勝が忘れられない。
将棋世界1990年4月号、青島たつひこさんの「駒ゴマスクランブル」より。
中原-櫛田(NHK杯戦)櫛田勝ち。
昨年の春に行われたNHK杯戦の高橋-櫛田戦のことだ。予定の集合時間になっても櫛田四段が現れない。心配した解説役の田丸七段(櫛田の師匠)が、「まさかとは思うけど、念のため」と、櫛田四段の家に電話を入れた。眠そうな声で電話に出てきたのは・・・。
「げえっ、寝坊しました」
あくまで正直な櫛田四段だった。普通の対局なら即不戦敗だが、NHK杯戦は放送枠の関係で不戦敗にすることはできない。結局関係者一同は櫛田四段が渋谷のNHKスタジオに出てくるのを待つことになった。待たされる高橋八段としては面白いはずがない。田丸七段は高橋八段の兄弟子だが、櫛田四段の師匠としては高橋八段に謝るしかない。
対局を見た人の話によると、対局が始まったとき、高橋八段の指はぶるぶると震えていたそうだ。関係者の多くはこの対極、高橋があっさり勝つと思っていたようだが、結果は櫛田勝ち。本誌の読者の皆さんなら、感想戦の様子はお分かりになるだろう。
これが世に有名な櫛田遅刻事件。あれから9ヵ月。櫛田四段は真部八段、浦野六段、神崎四段、中原棋聖と破り、ついに決勝戦にまで勝ち進んでしまった。
(決勝放映は3月18日)決勝戦の相手は、島前竜王か森下六段か。
関係者の多くはこの決勝戦は櫛田が不利と思っている。だが、櫛田四段のことをよく知る観戦記者のAさんは「周りを敵に回したときのほうが櫛田は強い」という。
対中原戦に勝ったあと、将棋連盟の記者室では早指しの練習将棋に余年のない櫛田四段を何度も見かけた。
「羽生君が不調?だけど急所はしっかり勝っているでしょう。僕もそうなんです。ふふっ」
自信ありそうな櫛田四段。なんだかA氏の言葉が本当に思えてきた。
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櫛田四段(当時)は決勝戦で島朗前竜王を破り、優勝を決める。
NHK杯戦で四段が優勝するのは、後にも先にもこの時だけ。
明日の交流会は、いろいろと楽しみだ。
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