黒服座談会風観戦記

近代将棋1991年2月号、故・池崎和記さんの若獅子戦1回戦第1局〔畠山成幸四段-杉本昌隆四段〕観戦記「振り飛車の本格正統派、登場」より。

A 成幸君、車を買ったんだって?

B ああ、シルビアらしい、全部で二百万くらいかかったって言ってた。

C リッチなんやね。

B いや、無理して買ったみたいで・・・。ナルちゃんはいまローンでヒーヒー言ってる。

A そりゃあそうだろ。C級2組の給料じゃ、キャッシュでポンというわけには行かないよ。

C 車は脇先生も持ってるよね。

B カリーナ

A 関西の棋士も、だんだん東京風になってきた。

C 運転は大丈夫かいな

B いやいや(笑)。

C もう事故やったん?

B さっそくね。ナルちゃんのほうだけど。右折しようとして車体をこすったらしい。修理代が十五万円。

C 十五万円!

B 保険があるから、実際の負担額は五万円で済むらしいけど。

A 以前、免許取ったら神戸組の専属運転手になるとか、ならんというウワサがあったけど(笑)、これじゃとても無理だな。

C 頭を下げてもアカン(笑)。

B アキマヘンでんがな。

C 何?その変な大阪弁は。

B 先崎五段のモノマネ(笑)。彼、こっちに来ると、よくこんなケッタイな大阪弁しゃべる。

(中略)

A 杉本君がついに四段になった。一番喜んでいるのは板谷進先生だろうね。

C 長かったね。奨励会に入ったのは、えーと・・・。

B 昭和55年10月。6級だった。当時は小学生。ずいぶん早い入会だったけど、抜けるのに十年もかかった。彼の才能からすれば、もっと早く四段になってないとおかしいんだけど。

A ずっと名古屋から通ってたから、そのハンデもあったんじゃないかな。

C 彼は福島村のマンションに住んでるじゃない。

B 大阪に引っ越してきたのは、三段になってからだよ。

A そのマンションだけど、最近地上げにあったらしく、いずれ立ち退かなければいけないらしい。

B 次のマンションはすでに確保して家賃も払っている。ほら、以前、本間四段が借りていたあのマンション。

A ということは、杉本君は現在、家が三つあるということか。

C どういうこと?

A 彼は新四段になって名古屋の実家に帰った。中京棋界の普及活動に尽力するというんだ。立派だよね。ふだんは名古屋で暮らし、対局の前後だけ大阪のマンションに寝泊まりするというわけだ。そのマンションは二つあるから、住居は目下三つ。もっとも立ち退きになれば二つになるけど。

(中略)

B 引越しで思い出したけど、ナルちゃんの弟、鎮四段が最近、家を出て独り暮らしを始めたらしい。

C やっと出たか。仲のいい兄弟といっても、やはり棋士が同じ家に一緒にいるのはまずいやろからな。新居はどこ?

B 阪急宝塚線の岡町駅の近く。僕はまだ行ってないけど、1DKマンションらしい。家賃は確か六万五千円。

A 結構高いな。

B 福島村といい勝負でしょ。もっとも住宅環境は向こうが断然いいけどね。

A 兄貴じゃなく、弟が家を出たというのが面白い。

B 兄貴は車を買ったばっかりだから、独立したくてもそんな金は持ってない。

A あ、そうか(笑)。

B その代わり、お母さんの面倒は兄貴がみる。

C うるわしい兄弟愛や。

B 面白い話を聞いたよ。鎮四段はお母さんと一緒にマンションを探したんだけど、契約する段になって、家主から給与証明を見せてくれとか何とか言われたんだな。

A 給与証明?彼は四段になって間もないから、収入はたいして・・・。

Bそこでどうしたか。実はお母さんが妙手を出した。

C どんな?

B 新聞の切り抜きを家主に見せた。

C 切り抜き?

B 一昨年、双子の弟、双子の弟、鎮と一緒に四段になったとき、新聞に写真入りで報道されたでしょ。あの切り抜きを見せたわけ。そしたら一発で入居OK(笑)。

A なるほど!

B B区は杉本四段の昇段祝賀会に出席したんだけど、そのとき、ご両親が厚いスクラップ帳を持って来ておられた。杉本さんの新聞記事がいっぱい貼ってあった。アマチュア時代のものもたくさんあったよ。どんな小さな記事でも、そこに息子の名前があれば親は大事に残しているんだね。以前、植村真理さんの実家を訪問したときもそうだった。

A それだけ子供に大きな夢を託しているということさ。

C ウチはそんなことないで。

A もう見放されたか。

B まあ、まあ(笑)

A 杉本君は振り飛車党。いまのプロ棋界では貴重な存在だよね。

B 奨励会に入会したころは居飛車党だったけど、全然勝てないので振り飛車党に転向したという話を聞いたことがある。

(中略)

A 振り飛車党に転向してから、人が変わったように勝ちだしたわけだ。

C 彼の振り飛車は、実に堂々としている。格調が高い。

B 「振り飛車の本格正統派」。

A 何、それ。

B 村山(聖)五段は杉本将棋をそう評している。しかも全振り飛車党の中で「唯一の本格正統派」なんだって。

A 振り飛車というのは、腕力に物を言わせてビシバシ行く力戦派タイプが多いけど、杉本君にはそんな感じがないもんね。

B 本局は四間飛車に左美濃。この二人が戦えばまずこうなるという戦形だ。

A 四間飛車は杉本君の十八番。成幸君は対振り飛車戦では左美濃が多いね。

B ナルちゃんの左美濃を、多いなんて言ってはいけない。百パーセントそうだから(笑)。しかも△2三玉の形から必ず△1二玉と引くのは畠山流で、僕はこれ以外の形を見たことがない。

C そんなことない。僕な成幸君が急戦を指してるのを見たことがある。

B 対長沼戦でしょ。それが唯一の例外。でも僕はその棋譜を見てない(笑)。

A △4二銀は面白い手。金銀四枚でガチガチに固めようというわけか。

B △9四歩はどういう意味?

C △3三銀右だと、先手から▲7四歩△同歩▲9五角と動く順がある。それを警戒したんやろ。

(中略)

C 王様は3九でハダカと。ひと目、「詰みあり」やけどなァ。

B なかなかどうして。局後、大勢で研究したけど詰まなかった。

A どんなメンバー?

B 両対局者の他に、脇、浦野、神崎、長沼。それから奨励会員が数名。

C マッチもいたんか。マッチが「詰まん」ゆうたら、そりゃあ詰まんわ。

(中略 マッチは浦野真彦六段〔当時〕のこと)

A マッチは最近、PCエンジンを買ったらしいね。

B PCエンジンで奥さんに将棋を勉強させる気らしい。実は僕、「ファミコンとどっちがええやろか」とマッチに相談を受けた。PCエンジンのほうが強そうだから、そっちをすすめたんだけど。

C プロなんだから自分で教えればいいのに・・・。ほんま、ケッタイな男や。

B アマ指導には慣れてるけど、相手が自分の奥さんとなると事情が違うらしいよ。

A さてと。本譜は・・・。

B 第5図で杉本四段は成桂を取った。

C 残り時間はどれぐらい?

B 二人ともすでに一分将棋。

A それを早く言ってよ。一分将棋じゃ、変化B図なんて読み切れないよ。

C 杉本君はどんな将棋でも、いつも一分将棋になるね。

A 序盤からじっくり読んで指すタイプだから。東京の郷田四段もそうらしいけど。

C 名前はどちらもマサタカ。

A 根がマジメ。「とりあえず形だから」とか、「様子を見てから」とか、そんないいかげんな指し方は性格的にできない。勝負師タイプじゃないんだ。

C 王道を行く将棋―。

B 阿部五段もそういうところがある。

(中略)

C うまく詰めるもんだ。

B 成幸四段は詰将棋が得意なんだ。家で宗看の「無双」を解いているらしいよ。

A 珍しいね。普通は奨励会時代にやるもんだけど。

B もうかれこれ一年ぐらいやってるそうだ。「あと15題」と言ってた。でも、プロはすごいよね。どんな長編でも絶対に駒を動かさないでしょ。

A 当たり前だよ。動かしたら、読みの訓練にならない。

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昔の週刊誌等には「黒服座談会」という黒服(ディスコやクラブの男性スタッフ)による芸能人が店に来たときのエピソードや行動を語り合う(暴露しあう)企画があったが、池崎さんの観戦記は、この手法を取り入れたもの。

エピソード満載のときには、非常な効果を発揮しそうだ。

「名前はどちらもマサタカ」というネタも、このような形式ならではのこと。

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観戦記の最後、「当たり前だよ。動かしたら、読みの訓練にならない」で思ったことだが、人間対コンピュータソフトの対局。

コンピュータソフトは、盤上の駒を何度も何度も動かしながら長手数を読むような処理を行なっている。

そういうことであれば、人間も盤上の駒を動かしながら長手数読み、かつそれを複数の人間で検討しあい最善手を見つける、という方法をとって、ソフトと条件が同じになるのではないか。

何度も何度も盤上の駒を動かして先を読む。

人間が将棋を指す上であまりやってほしくはない姿だが。

そういう意味でも、人間対コンピュータソフトというのは、異種格闘技よりも更に異種であり、その勝ち負けにはほとんど意味がないと、私は思っている。