昨日の話の続き。
近代将棋1991年6月号、湯川恵子さんの「女の直感」より。
女流名人就位式
ドレスもないのにパーティーが好きで我ながら困り者ですが、3月27日の林葉直子女流名人の就位式パーティーは行って大得をした。その10日前に九州で林葉さんと会ったときこう聞いた。「今年はホテル・オークラでやるんですって、初めてですよねェ」―
初めて初めて!去年までは東条会館だった。オークラったら国賓級も使うホテルだ、女流名人位戦が去年とはえらく事情がかわったらしいと察しられるでしょう。
スター林葉直子が二冠王に復帰したせいかしら、主催の報知新聞社が景気いいのかな、どこか強力なスポンサーが加わったの?それとも将棋連盟が女流に力を入れだした?
林葉さんは大人っぽい笑顔して、「ええ、いいスポンサーさんが付いてくださったようで、ありがたいことですね」とだけ答えていた。
さて、当日。式はオークラ別館”春日の間”で午前十一時半開始だ。やっぱり私は寝坊して一時間も遅刻してしまった。よりによって前日ありったけの服をクリーニング屋へ運んでしまったという無計画もあり、まぁパジャマではないだけの姿で駆け付けたので、林葉さんの衣装が一層眩しかった。
彼女は黒地に金糸で薔薇の花を刺繍したドレス。絵本の中のお姫さまみたいだった。さすがに偉いものだなァ。女性だから着飾るのは楽しい作業かも知れないが、自分がヒロインならちゃんとそれらしくしなくっちゃという配慮の努力もあったはずだ。と私は、ほとんど男の目で彼女の姿にウキウキしてしまった。
さて、一時間も遅刻したら単に料理とお酒を頂きに行ったあんばい。関係者達のスピーチを聞かなかった不届き者は、肝心なことが何もわからない。テーブルのお料理が豪華なこと、美人のコンパニオンが大勢いて、そして酒はいかにも上等なワインまで用意されていた、などはしっかりご報告できるんだけど・・・
参列者の数も例年の倍か、3倍か?清水市代さんが来ていたのには驚いた。タイトル戦で負けた人はその棋戦の第2位だし重要な役者なんだから、普通の感覚だと当然きても良さそうなものだが、将棋界ではちょっと珍しいことなのだ。
清水さんにこっそり「偉いわねェ」と言ったら、「だって見てくださいよォこれこれ。餌をみせられちゃったら飛んで来ざるを得ないでしょう。あははっ」と。
それは大きなのし袋、”敢闘賞”であった。女流名人位戦を主催する報知新聞社の担当者に訊いたら、上司に頼んで初の敢闘賞予算をとり清水さんを口説いたということだった。
そうこうするうちに私のほうも嬉しい話が三件四件も舞い込み、何とご機嫌なワインの味!
そしておみやげが凄かった。
パーティーで帰りに頂くおみやげを私は無地に家まで持ち帰った試しがないのだが、今回ばかりはどこぞへ置き忘れてもすぐ気付き二次会~三次会~四次会、よろめきつつ運び切った、ずっしり重い大袋である。以下は中身のリスト。番号は袋からでてきた順番です。
- ジャイアンツのカレンダー。巨人軍に関するスケジュールが365日記入してある。定価、1,100円。
- 扇子。将棋連盟で売っている高いほうの白扇に、何百本か知らないがすべて彼女は直筆した。「人生 強く逞しく勝負 女流名人 林葉直子」
- 生和菓子、二個。鶴屋八幡謹製。
- サイフ。伊勢丹の包装紙と箱に入っていた紳士用の札入れ。「本品は、報知新聞社の企画により、ジャガード生地を特別デザインで織り上げた商品でございます」
- 講談社文庫、五冊。”とんぽり”だ。林葉直子著のこの推理小説シリーズはすでに13巻を数え、合計200万部も売れているそうだ。
- クッキー、二缶。ホテルオークラのホームメイドクッキー。
- トレーナー。純白の厚手の生地。サイズはL。左胸の部分に赤くアルファベットで「TokyoMets」。
・・・とまぁ、私は今ひとつひとつ袋からとり出しながら必死でワープロを打ってきたのよ、いやはや大変な品々でしょう。ちなみにこれらすべてが詰まってビクともしなかった紙袋には「報知新聞社」の文字・・・あ、あら、まだなんか入ってるぞォ。
というわけで8番目。テレホンカードだった。芝興産株式会社のやつで、これにもTokyoMets、とある。
将棋の就位式でこれほど多彩なおみやげをもらったのは本当に初めてだ。おかげで今年の女流名人就位式が「ホテルオークラですって、初めてですよねぇ」となったその背景を、遅刻者の私もかなり察することができた気がする。スポンサーはスポンサーとして、みやげの品々の総合から、いかにもなるほどなぁと納得ムードを得たのだった。
囲碁界では男性のスター棋士でさえ羨んだり焼き餅やいたりするくらい女流棋士が各界でモテモテとか、おもな金持ちのファンはみんな女流棋士が摑んじゃってるとか、聞く、実情は知らないがさもありなんと思う。将棋の女流にもそんな嬉しい傾向の兆しをみる?いや、女流だってモテる人ほどそれなりの努力をしているものなのだ。
とにかく収穫の多い一日だった。
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この就位式にはバトルロイヤル風間さんも出席していた。
将棋マガジン1991年6月号、バトルロイヤル風間さんの「将棋リングアウト 女流名人にカレーを・・・」より。
『林葉直子に手作りカレーを御馳走になった』
と言うと表現が少し大袈裟かもしれない。
3月27日に彼女の女流名人位就位式のパーティーがホテルオークラで開かれた。午前11時半というのは僕には早過ぎ、タクシーの中で遅刻せぬかと気をもんだ。
大学生の頃、集英社の赤塚賞を受賞した。と言うと表現が少し大袈裟かもしれない。赤塚賞準入選の先輩がいた。といえば的確だ。何を言いたいかと言うと、ホテルニューオータニで年2度あるその受賞式のパーティーに先輩にくっついてもぐりこんでは、普段見ることのできないローストビーフ等を腹の皮が破れそうになるまで食べた。で、今でもパーティーと聞くとヨダレが流れる始末です。パブロフの犬の流れをくむ正統な条件反射だなと自らに感心する。何が言いたいかと言うと、ああ料理がなくなりはせぬかとタクシーの中で気をもんだ、てこと。
着いたらホッとした。二上会長のお話の最中。料理は別室で、印象はまだ先です。間に合った!(間に合ってないって!!)
林葉さんはあいかわらず壮絶に美しく、挨拶は場慣れし、眉毛がたくさんあった。
式典はおごそかに終わり、ついたてをはさみ隣に用意してある料理と御対面です。エビ、カモ、羊、牛、豚、サメの卵たちがパーティーの装いをして私を待っている。
乾杯!!(=食事開始)知人との交流は後回しで、高そうな順に腹に入れ、いよいよ本番です。何が本番かってそれはカレーライス!豪華料理の中に目立たぬように存在するその一品こそ、私のテーマだったのです。林葉直子嬢の御姿を遠くながめつつ、それを食べると、私の頭の中では・・・
新築マンション。リビングのソファで将棋マガジンを読む私。部屋には先刻から食欲をそそるにおいがたちこめている。
「ダンナ様ー[E:heart01] できたわーん[E:heart01] 直子特製カレーライス[E:heart01]」
「わーい」
「おいしい?」
「うん!これが新婚の味って奴だね[E:heart01]」
という光景が展開されるわけだ。本当はもっとエンエンと書こうと思ったが、バカみたいなのでやめた・・・。ま、ホテルのカレーの新妻カレーに大変身というわけさ!
この方法は、昨秋、女子プロレスラー尾崎魔子のパーティーで、彼女を見ながら松茸ごはんと豚汁を食べつつあみだしたもの。
が!ちょうど昼どきで人気が高く、肝心のカレーのライスが品切れに!! もはや計画もこれまでか!! コックさんにお腹を切ってもらって死のうかと思ったら、コンパニオンのお姉さん「何かおとりしましょうか?」ときた。その時、天啓!! 「かっこ悪いんですけど、ポテトのホワイトソースあえみたいなのに、カレーのソースをつけてお願いしたいんですけど」
危機一髪で計画は遂行された。妖艶な林葉さんを拝見しつつ、それを口に運ぶと・・・
「ダンナ様ー[E:heart01] できたわーん[E:heart01] 直子特製カレーポテト[E:heart01]」
おお、セリフがかわっている!!
パーティーも終わりに近づいた。テーブルにぽつんと一つピラフと牛肉のクリーム煮の皿が残されていた。再天啓!迷わずカレーをかけ、林葉嬢をさがす!
「ダンナ様ー[E:heart01] できたわーん[E:heart01] 直子特製カレーピラフ牛肉クリーム煮添え[E:heart01]」
単にがっついてるだけのような気が・・・。
今度のパーティーでは、誰が何を御馳走してくれるかな?
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バトルロイヤル風間さんのエッセイには、
・就位式でのドレスを着た林葉直子女流名人(当時)を見ているバトルさん。(バトルさんの脳内には、林葉女流名人がエプロン姿でカレーライスを運んでくる新婚家庭風の光景が浮かんでいる)
・牛肉のクリーム煮を乗せたピラフ、しいたけカレーがかかっているポテト
・当日の引き出物の数々
のイラストが描かれている。
ちなみに、おみやげに入っていた林葉さんの著書は次の5冊。
とんでもポリスを恋泥棒 (講談社X文庫―ティーンズハート) 価格:¥ 398(税込) 発売日:1987-09 |
新とんポリ キス100回の刑に処す! (講談社X文庫―ティーンズハート) 価格:¥ 407(税込) 発売日:1989-04 |
新とんポリ くちびるの罠に気をつけて (講談社X文庫―ティーンズハート) 価格:¥ 428(税込) 発売日:1990-12 |
新とんポリ 恋の現場に踏みこまないで (講談社X文庫―ティーンズハート) 価格:¥ 428(税込) 発売日:1990-10 |
追いかけて恋 (講談社X文庫―ティーンズハート) 価格:¥ 398(税込) 発売日:1989-12 |
バトルさんのイラストには次のような会話が挿絵風に書かれている。
かざま「中井さんはとーぜんみんなよんでるでしょーね?」
なかい「くれないから ぜんぜん」
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湯川恵子さんとバトルロイヤル風間さんでは、このように視点が異なるのか、という好例かもしれない。
とはいえ、おみやげが豪華なことと、ホテルオークラに対する感じ方は共通している。
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その伝統と格式から、帝国ホテル、ホテルニューオータニとともにホテル界の「御三家」と呼ばれていると言われるホテルオークラ。
大手企業の社長披露パーティーといえばホテルオークラが定番だ。
帝国ホテルやホテルニューオータニに比べるとやや交通の便が悪いので、逆に静かな雰囲気が保たれているホテルでもある。
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それにしても、林葉さんのサービス精神は、今も昔も、海のように深いと思う。