畠山鎮四段(当時)「いえ、この前の竜王戦の5組優勝の賞金を回しました」

将棋世界1992年1月号、神吉宏充五段(当時)の「対局室25時 大阪」より。

 昼休みの棋士室。畠山(鎮)と小阪が視力の回復する話をしている。

 「まだ安定していないですけどね」と畠山。?何のことかと思って聞いていると「この前、眼の手術をしたんですよ。眼球に直接メスを入れるんですけど、0.06だったのが、0.5まで回復しまして。まだまだ良くなるかもしれないんです。でも、日によってよく見える時と見えない時があって、まだ不安定なんですけど」

 「ふーん、確か以前ソビエトで視力なんかすぐ治りますよ、メスでちょいちょいと切ったらええんやて宣伝していたことがあったけど・・・それでも眼やからなあ。勇気あんなあ」と小阪。

 「絶対安全なんですよ。眼球に8本タイヤモンドメスで線を入れるんですけど、深く切り込めないようにストッパーがついていますし、手術もほんの10分程度で簡単に終わるんです」

 「そうか。そんな簡単で安全やったらわしもしてええけどな。そら棋士はみんな視力が悪いから、治したいヤツようさんおるんとちゃうか。ところで費用はどのぐらいかかるんや?」

 「色々まちまちで、僕の場合はちょっと多めにかかりました。だいたい70万円ぐらいですかね」

 「そんなにかかるんか」

 「保険が利きませんから」

 「このために貯金しとったんやなあ」

 「いえ、この前の竜王戦の5組優勝の賞金を回しました」

 視力が回復して将棋もどんどん勝てるようになれば好循環で、有意義な金の使い方だったような気がするが・・・それにしてもメスはやっぱり怖いもんなあ。

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近視の矯正を目的とする手術には、

・ダイヤモンドメスによる放射状角膜切開(RK)

・エキシマレーザーによる光屈折矯正角膜切除(PRK)

・レーシック(LASIK)

の3種類があり(3種類の手術とも現在でも健康保険は利かない)、畠山鎮四段(当時)が受けた手術はRKということになる。

エキシマレーザーの使用認可が日本で出されたのは2000年のことになるので、1992年の当時はRKが近視矯正手術で唯一の方法だった。

先崎学八段は今世紀になってからレーシックを受けている。

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眼の手術というと、見たくなくても、切られる瞬間あるいはレーザー光線を受けている瞬間が見えてしまうわけで、なかなか精神的に大変だと思う。

ちなみに、レーシックでの麻酔は目薬のような点眼剤が使われる。

手術時間は15分ほどなので、手術中に麻酔が切れることはないという。

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私はこの夏、副鼻腔炎の手術を受けたわけだが、その時は全身麻酔だった。(鼻の手術は全身麻酔が基本)

入院前に全身麻酔のことは調べていたので、特に不安はなかった。

手術室に入って初めに語りかけてくれたのは麻酔科の医師。

「麻酔科の◯◯です。よろしくお願いします。これから全身麻酔を始めますね。ところで森さんはお酒は飲まれるほうですか?」

マスクをしているので全貌はわからないが、かなり美人の女医さんに見えた。

その間に看護師さんに、心電図や血圧計などに繋がるいろいろな機器が体に取り付けられる。

「はい、かなり飲みます」

「なら良かった。麻酔をし始めた時、お酒に酔ったような気分になりますよ」

麻酔薬は点滴を通して体内に。視界には麻酔が開始されてモニターを見る女医さんの眉毛が。

その眉毛のラインをとても美しいなと感じた瞬間に、気持ち良く酒に酔ったような状態になってきた。

(ああ、至福の時間)

と思ってすぐに意識がなくなった。

次に気がついた時は手術が終わった後。脳にも麻酔がかかっていたわけで夢も見ない。

看護師さんが「手術時間は4時間でしたよ」と教えてくれた。

鼻の中を何かされたような感触は残っているが、痛みがほとんどというか全く残っていない。

執刀したのは、『あまちゃん』の種市先輩の顔に似ている耳鼻咽喉科の若手医師。

思わず、「素晴らしい。さすがはプロの技ですね」と、最新手法の手術と全身麻酔のコンビネーションを讃える言葉が私の口から出た。

看護師さんは大笑いをしていた。たしかに、全身麻酔が覚めた直後に突然そのようなことを言う患者はかなり変かもしれない。

2時間半から3時間の手術と聞いていたので、予定よりは長い時間がかかったことになるが、40年以上付き合ってきた病気なので、それくらい長くなっても不思議ではなかった。

手術は内視鏡によるもので、

・炎症を起こしている副鼻腔内の粘膜やポリープを切除(副鼻腔炎の手術)

・鼻腔内湾曲の原因となっている鼻の骨を削って取る(鼻腔内湾曲症の手術)

の二つが行われた。

後で調べると、炎症を起こしている部分(要は腫れている部分)は神経がほとんど通っていないということなので、痛みが残らなかったようだ。

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昔の副鼻腔炎の手術は、上唇の裏を切って、上顎や鼻の骨を削ってから病巣を取り除くという、とても気が重くなるようなものだった。

そういった意味でも、医学や医療技術の進歩に非常に感謝した今年の夏だった。