冷静な表情で将棋世界を読んでいる佐藤康光六段(当時)

将棋世界1992年8月号、小林宏五段(当時)の第11回早指し新鋭戦決勝〔佐藤康光六段-小林宏五段〕自戦記「新鋭時代最後の一局」より。

 早指し新鋭戦は私にとって、今回が最初で最後となる。この棋戦は29歳以下の成績優秀者に出場資格がある。

 今年の12月で30歳を迎え、子供が来年小学生となる私が新鋭というのも何だか変だが、ここは選ばれたことを素直に喜びたい。

 ほんの2ヶ月足らずの間だが、ついに単なる新人から新鋭(強そうな響きがある)と呼ばれるまでに昇格したのである。

 しかし、今回で最後ということは、早くもこの将棋が新鋭時代最後の一局ということになる。

 これからは中堅時代に入り、やがてベテラン時代に突入していく訳であるが(中堅とベテランはどこで分かれるのだろう)、この将棋だけはどんなことがあっても若々しく指さねばならない。

 対局場である芝公園スタジオへ向かいながら、私はそんなことを考えていた。

(中略)

 準決勝の対森下戦は気合いが入った。

 実績、実力がいくら違おうとも、去年の竜王戦は忘れることができない。久しぶりに「ニャロメ」といった気分で将棋を指した。

 そして決勝の相手は佐藤康光。

 彼は今期絶好調で、この対局の前まで何と負けなしの12連勝を記録している。

 おまけにこの棋戦は、去年おととしと2年連続優勝。こちとら出場するだけでも大変なのに、恐ろしい男がいるものだ。

 しかし、こういう絶好調男と当たったことは、まず喜ぶべきことである。

 なずならば、絶好調男を負かした人間は、かなりの確率で絶好調になれるからだ。まあ悪くても好調にはなれる。

 ところが、不調の人間を負かしてもなかなか好調にはなれない。

 不調10人より絶好調1人。

 これは私がこの道に入ってから会得した数少ない教訓の一つである。「養分吸い取りの法則」とでも名づけておきたい。

 私の方は去年の暮れ頃からなぜか調子が悪く、あまり養分が残っていない。そう考えるとこの勝負は片懸賞みたいなものである。

 戦う前は3・7で不利かなと思っていたが、今こうして冷静に分析してみると、こちらにも有利な要素が結構あるものだ。

(中略)

 矢倉模様の出だしは予想通り。

 6二飛型からの急戦は、対局前の、芝公園散策~増上寺お参り必勝コースで考えた。

 新鋭と呼ばれるのもこれで最後だから、ここは一つ激しくいくべきだ。先手だったら相掛かり。後手だったら急戦矢倉。

 そんなことを考えながら、おそろしく広い本堂を後にする。

 しばらくして賽銭を入れ忘れたことに気づく。一瞬どうしようかと思ったが、負けた時の言い訳にはちょうどいいと考え、再び東京タワーへの坂道を登り始める。どうもこういうのはお参りとは違うなと思いつつ。

 対局場のスタジオは、東京タワーの足元だ。予定通り、開始30分前の午後3時に到着。いつもながらの緊張感が心地よい。

 控え室に入ると、佐藤六段が冷静な表情で将棋世界を読んでいた。

 しばらくして二上会長が現れる。

 そうか、今日は表彰式があるんだ。

 私の気持ちは高ぶるが、佐藤六段は冷静に将棋世界。

 又しばらくして美人女流棋士が3、4人現れる。

 「オッ、今日は夏らしくていいね」と私は思わず声をかけたが、佐藤六段は依然冷静に将棋世界。

 ふーむ、この男に弱点はあるのだろうか。

(以下略)

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テレビ東京で早指し新鋭戦が行われていた頃の話。

この一局は、小林宏五段(当時)が勝ち、優勝を決めることとなる。

この時の早指し新鋭戦は、成績優秀の棋士14名(30歳以下)が参加するトーナメント。

出場棋士は、小林宏五段、佐藤康光六段、森下卓六段、中田宏樹六段、井上慶太六段、村山聖六段、神崎健二五段、日浦市郎五段、阿部隆五段、先崎学五段、中川大輔五段、丸山忠久五段、佐藤秀司四段、郷田真隆四段。

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棋士の、テレビ局の控え室での対局までの時間の過ごし方は十人十色。

大きく分類すると、

Aタイプ

対局開始の5分ほど前までは普通に会話、対局開始5分前からは無言になり精神集中モード。

Bタイプ

当初から無言。ストイックなまでの精神統一モードが続いた状態で対局へ。

Cタイプ

当初から無言あるいは口数少なく、淡々と緩やかに精神統一モードが続いた状態で対局へ。

Dタイプ

当初から無言あるいは口数が少ないが、動きは激しく(飲み物を飲むなど)、その合間合間に瞑想し気合いを集中していく。

Eタイプ

当初から無言あるいは口数が少ないが、やや動きがあり(目薬をさすなど)、会議室で一人で何かを考えているような雰囲気で精神の集中度を高めていく。

Fタイプ

基本的にはCタイプだが、解説者の棋士の雑談に笑うこともあるし、頷いたりすることもあるけれども、基本はCタイプ。

Gタイプ

基本的にはCタイプだが、解説者が話し好きだった場合は会話に花が咲いたりすることもあり、その時はAタイプとなる。

書いてから気がついたが、CタイプとFタイプの違いはほとんどないかもしれない。

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私がNHK杯戦の観戦をした時を思い出すと、たまたまその時がそうだったという可能性もあるが、

Aタイプ・・・森下卓九段、島朗九段、福崎文吾九段、先崎学八段、木村一基八段、山崎隆之八段、橋本崇載八段、畠山鎮七段

Bタイプ・・・高橋道雄九段、豊川孝弘七段(NHK杯戦の過去の観戦記より)

Cタイプ・・・郷田真隆九段、小林裕士七段、佐藤天彦七段

Dタイプ・・・行方尚史八段

Eタイプ・・・三浦弘行九段

Fタイプ・・・中田宏樹八段、瀬川晶司五段

Gタイプ・・・松尾歩七段、中村太地六段

のような感じがする。

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そういう意味では、1992年の早指し新鋭戦決勝での小林宏五段(当時)はAタイプ、佐藤康光六段(当時)は変則Cタイプと言えるのかもしれない。