三浦弘行四段(当時)四段昇段の記「死ぬ気で掴んだ勝利」

将棋世界1992年11月号、三浦弘行四段(当時)の四段昇段の記「死ぬ気で掴んだ勝利」より。

 6月25日の三段リーグ、僕は伊藤さんとの戦いで、必敗の将棋を拾い、3番手につくことが出来ました。2番手につけていた窪田-金沢戦が最終日にあるため、僕は自力昇段が可能となり、この日から落ち着いて寝ることが出来なくなりました。

 大阪遠征の2日前、関東奨励会があり、その結果2連勝すれば単独トップになれることが分かっていたので、極度の緊張感を持って新幹線に乗りました。

 一局目、思ったより伸び伸びと指せたので二局目の石飛さんにもこの調子で行けたらと思っていました。しかし正直言って、一番当たりたくない相手でした。

 過去二戦、いずれも完敗しており、でも四段になるためにはこの相手に勝たなければと思いました。序盤、明らかな作戦負けでしたが、中盤盛り返し、終盤では何とか勝負形に持ち込んだと思っていました。

 図が僕が▲6三歩と垂らした局面。ここではやや苦しいながらも、まだまだ頑張れると思いました。

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 ここで△4七とは▲6六銀とかわしても大丈夫。僕は△6五桂の筋ばかりを考えていて、それなら▲6八銀△7七桂成▲同銀左と粘る順ばかり読んでいました。まだまだこれからと思った矢先に、石飛さんは桂を持ちました。「△6五桂か・・・」。しかし、次の手を見て僕は愕然としました。石飛さんの手は6五ではなく8五にありました。

 △8五桂・・・。打たれた瞬間僕にはこの手の厳しさが分かり、そして負けを悟りました。それでも▲6八銀には△9五歩と今度は端を攻める手が生じる。堅い7筋だけではなく、盤面を広く見た石飛さんの大局観に痛い敗戦を喫しました。

 この時点で自力は消滅してしまいました。

 帰りの車中、一人落ち込んでいる僕に、遠征組のみんなが「残り5勝1敗の13-5なら楽勝でしょう」と慰めてくれました。

 僕はまた気を取り戻し始めました。死ぬ気で、やっと目標にしていた5勝1敗を取りました。

 今思うと、帰りの車中で慰めてくれたみんなと、残りの対局では全員と当たっていました。

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三浦弘行三段(当時)が石飛英二三段に敗れた時点で、三浦三段は8勝4敗(3位)。

当時のリーグ戦表から判断して、同時期に大阪へ遠征して帰りの車中で三浦三段(18歳)を慰めたのは、鈴木大介三段(18歳 6勝6敗)、小泉有明三段(28歳 4勝8敗)、松本佳介三段(20歳 5勝7敗)、岡崎洋三段(25歳 6勝6敗)と思われる。三浦三段は、残りの対局で、この4人全員に勝っている。

「残り5勝1敗の1敗はオレから喫すると思うけど、あとは大丈夫だよ」という意味も込めての5勝1敗の慰めだったのかもしれないが、それぞれの成績、年齢などを考えると、ジーンときてしまう。

「◯◯◯なら楽勝でしょう」というのも、今の鈴木大介八段がいかにも言いそうな台詞だ。

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この期の三段リーグは32名。

三浦弘行三段(当時)は15位でのスタート。

奨励会幹事の神谷広志六段(当時)による記。

将棋世界1992年6月号

 今回は本命不在、大混戦というムードで何を書いても当たる気がしない。

 それでもあえて予想すれば◎立石◯近藤▲久保△中座といった所。

 (中略)

 関東の新三段で一発があれば勢いのある鈴木か。

将棋世界1992年7月号(三浦三段4勝2敗)

 4回戦終了時点で唯一全勝の窪田は痛い連敗。負けたのは仕方ないが早く立ち直ることだ。

 関西の立石、久保、中川が共に3勝1敗だが、この中から一人は出そうな感じだ。

将棋世界1992年8月号(三浦三段5勝3敗 10位)

 結局8回戦を終わって全勝、1敗者はなし。2敗が窪田、伊藤、久保の3人。3敗は数知れずという本当にまれに見る大混戦となった。

 (中略)

 とにかく現在リーグ戦を指しているほぼ全員にチャンスがあり今後の予測は不可能に近い。

将棋世界1992年9月号(三浦三段8勝4敗 3位・・・石飛三段との対局があった時)

 適当に予想したことがこれ程当たると、なんだか気持ちが悪くなってくる。いや予想以上の大混戦といえるだろう。

 8勝2敗で走っていた窪田が連敗。三浦、金沢にも土がついて、4敗が6人、5敗が5人ということになった。

 (中略)

 伊藤は立石に負ければ多分それまで。逆の場合は微妙。なぜなら立石は他の競争相手とも当たっており、自力でタタけるからだ。

 三浦は逆にライバルとのライバルとの対戦は全て終了。それが吉と出るか凶と出るかは終わるまでわからない。

将棋世界1992年10月号(三浦三段10勝4敗 1位)

 立石-伊藤の大一番は伊東の勝ち。

 (中略)

 立石、金沢に土がついたため三浦がトップに浮上。競争相手と当たっていないことが幸か不幸か分からないと前回書いたが、こういう展開なら得になるケースが多そうだ。

 (中略)

 成績を整理してみると4敗が上位から三浦、窪田、伊藤、久保の4人。そして5敗が金沢、勝又、瀬川の3人。6敗者は多数いるものの常識的には前記の7人までが昇段圏内だろう。

将棋世界1992年11月号(最終日開始時点で2位だった三浦三段が1位で昇段)

 最終日をむかえた段階で4敗が久保。5敗は上位から順に、三浦(ここまでが自力)、窪田、伊藤という所で上位6敗の秋山、金沢にも目はあるものの、常識的には前記4人迄の争いと見られた。

 一局目、他の3人はほぼ順当に勝ったが、金沢と対戦した窪田は割と簡単に詰む敵玉を詰まさず、受けに回って実質3手詰めともいえるトン死を食ってしまった。

 これで窪田はノーチャンスとなってしまった。

 三段リーグの最終日というと、いつも騒然としているのだが、この日は特別で、棋士や元奨励会員らが続々とつめかけ一種異様な雰囲気の中で2局目が始まった。

 自分が負けても三浦か伊藤の一人が負ければいいという一番有利な立場の久保は、まだわずかに可能性を残している(自分が勝って三浦、伊藤の両者が負ければ昇段)秋山と対戦。居飛穴に対してうまくさばき、1図▲5三ととしてと金の分だけ優勢だ。

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 次に▲4七歩と打たれては完封されてしまうので秋山が△6七歩成と飛車交換にいったのは当然だが▲同金△7六飛に▲同銀と取ったのが当然に見えて疑問手。

 ここは▲同金と取り、▲5四銀~▲4三とを目指せば優位を持続できた。本譜は▲7六同銀に△6九飛と打たれかなりうるさい形。

 そしておしまいはひどい大差になってしまい、3人の中で久保が一番早く負けてしまった。

 久保敗れる!! 伊藤自力!! の報に控え室の先崎らはますます騒然。

 その伊藤は荒井の四間飛車に対して棒銀。やや変則的な将棋になった。作戦勝ちを、一手のミスから苦しくした伊藤だったが2図の直前に荒井に暴走があり、図が伊藤よし。

 しかしもちろん△2七金に飛車を逃げたりはしない。

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 ▲7三歩成△同桂▲7四歩△3七金▲同桂となって伊藤優勢。一瞬桂損にはなっているが玉頭の厚みが違うのだ。以下荒井のすさまじいネバリに手を焼いたものの正確に寄せ切って勝利をつかんだ。

 最後に残ったのは野間-三浦戦。

 三浦はほとんど将棋連盟に姿を見せず、一人群馬の田舎で研究を重ねるという変わり種。この将棋も得意の四間飛車穴熊を採用している。

 3図は9筋が忙しくやや苦戦と思えたがうまい手作りをみせてくれた。

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 △6六銀▲同金に一旦△5七銀と打ったのがそれ。

 ▲5八桂△同銀不成▲同飛と銀桂交換をして、△6六飛▲同銀△同角▲7七銀△同角成▲同金△6五桂と襲いかかり一気に寄せ切っている。

 三浦、伊藤両君おめでとう。

 特に伊藤の場合奨励会生活17年、年齢制限まであと少しという所だっただけにうれしさもひとしおだろう。本当におめでとう。

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昨日の棋王戦挑戦者決定戦では、三浦弘行九段が永瀬拓矢六段に勝って、渡辺明棋王への挑戦権を獲得した。

どのような戦いとなるのか、とても楽しみだ。

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