近代将棋2004年2月号、池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。
久保さんは前日、岡山で鈴木大介八段と日本シリーズ(公開対局)があった。僕は久保さんが対局中にタバコを吸った、という情報を得ていたので本人に「あれは本当ですか」と聞いた。彼は愛煙家ではあるが対局中は吸わない人である。
「よく知ってますねェ。ええ、本当の話ですよ」と久保さんが笑う。あえて禁を破ったのは日本シリーズのスポンサーがJTだからで、つまり彼はスポンサーに気を遣ったのである。
「でもまさか、百円ライターで火をつけたんじゃないでしょうね」
「いえいえ、ちゃんとジッポーを使いましたよ」
「それは立派。吸ったのは何本?」
「それが1本だけで・・・。最初は何本か吸うつもりだったんですけど、早指しでしょう、なかなか吸うヒマがなくて・・・」
「あ、そうか。すぐ秒読みになるもんね。でも鈴木さんは久保さんのタバコにビックリしたでしょうね」
「いや、実は鈴木さんも最初はタバコを吸うことになってたんですよ。対局前に”僕はタバコを吸いますから”と言ったら鈴木さんも”僕も吸う。リーチがかかったら(局面が優勢になったら、の意味)テンパイ・タバコをやりますからね”って言ってたんです」
「それは面白い。でも将棋は久保さんが勝ったんでしょう」
「ええ・・・。それで鈴木さんはタバコを吸えなかったんです」
笑っちゃうような、いい話である。
(以下略)
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昭和20年代前半の木村義雄名人-升田幸三八段(当時)戦でのこと。
劣勢の升田八段は、木村名人がタバコの煙を吐き出して息を吸う瞬間に合わせて勝負手を放ったという。
その後も、升田八段の指すタイミングは木村名人がタバコの煙を吐き切って息を吸う瞬間。
木村名人に悪手が連発し、升田八段が逆転勝ちをした。
人間は息を吸い始める瞬間が最も精神が無防備になるらしく、そのような時に勝負手を指されると動揺が大きくなるということらしい。
升田八段が剣術から学んだ心得。
タバコを吸う人に対して、あるいは寒い日の屋外(息が白くなる)で活用できる勝負術だ。
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何かで読んだ話だが、テンパイ即リーチをかけてタバコに火をつけながら「テンパイタバコ」と言うつもりが、「一筒タバコ」と自分の待ち牌を無意識に言ってしまい、最後まで上がれなかった事例があったという。
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同様に、リーチをした後、「この牌出てくれ!」と自分の待ち牌を額に強く当てて念じていた人が最後まで上がれなかったという話もある。額に一筒の跡がついていたからだ。