将棋世界1993年6月号、神吉宏充五段(当時)の「対局室25時 大阪」より。
関西の棋士には盤上番外問わず、個性派が多い。トリックの神様で、プロはだしのカメラマンといえばもちろんこの人、森信雄六段。
いつも「冴えんな」を連発しているが、口癖なので誰も気にしない。むしろ「冴えんな」が聞こえない時が本当に冴えない時だと思うが。
4月19日に行われた畠山(鎮)四段との棋聖戦は「冴えんな」のオンパレードだった。
1図はその序盤。先手向かい飛車だった本局だが、ここからの指し手は棋士の個性が現れるところで、普通は▲3八銀。穴熊党なら▲1八香。他には▲6七銀も考えられる。しかし、個性派森はそんな普通の顔を指すはずもない。何が飛び出したのだろうか。
1図以下の指し手
▲5七銀△4二銀▲3六歩△7三銀▲6七金△8四銀▲3五歩(途中図)△7五歩▲同歩△7二飛▲3四歩△7五銀▲3八飛 (2図)
1図で玉頭を狙い袖飛車を考える人はいるだろうか。なかなかこの発想は浮かばないと思うが、2図まで進んでみると、うまく森が立ち回ったように見える。
何といっても玉頭、戦っている場所が違い過ぎる。
この後も森は「冴えんな」と言いながら冴えに冴え、終盤を迎える。
3図、ここからの森のたたみ込みがスゴイ。
3図以下の指し手
▲3三銀△1二玉▲3二角△3一金▲2五桂△4三角▲2三角成△同玉▲2四銀行△1四玉▲1六歩 (4図)
スーパートリックは難解さでいつも悩んだり感心したりだが、本局もそのトリック並みの鮮やかさで見事な寄せ。もう何も言うまい。
(以下略)
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「冴えんなあ」と言いながら途中図の▲3五歩、1図の▲3八飛を指した後に「冴えんなあ」、「冴えんなあ」と呟いてしばらくして3図からの▲3三銀、のような雰囲気だったのだろうか。
鋭い指し手とは真逆のその口癖が、想像しただけでも愉快だ。
森信雄七段のブログの過去の記事には、インタビューで「冴えんなあ」について聞かれて、「冴えんなあにも、いろんなレパートリーがあって、そのときの状況で違います」と答えたことが書かれている。
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棋士の口癖というと、このブログで取り上げただけでも、
中原誠十六世名人の「驚いたねえ」、泉正樹八段の「ガオーガオー」、勝浦修九段が酔った時の「20年したら分かるよ」、中村修九段が若い頃の「つらいス」、神谷広志七段が酔った時の「仕方ないとか、あるとかは、絶対的なものか相対的なものかということから話をはじめよう」、神崎健二七段の「ほっといても」、先崎学八段が若かった頃の「へぇー、そうなのぉ」、大山康晴十五世名人の「~なさいよ」、谷川浩司九段の「えぇ、そうですねぇ」、南芳一九段の「いえいえ」、森下卓九段の「イヤイヤイヤイヤッ」、郷田真隆九段が若かった頃に酔った時の「意味ない意味ない」、内藤國雄九段の「神吉には参るよ~~」などがある。
観る将棋ファンが増えてきている現在、棋士の物真似は名人芸という方が出現してくれると、とても面白いと思う。
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(森信雄七段の「冴えんなあ」に関連する記事)