将棋世界1994年1月号、中井広恵女流名人(当時)の「第18回将棋の日」より。
またまたやってまいりました、将棋の日。今年は11月19日、東京は有楽町「読売ホール」で行われました。
今回は私、中井広恵がリポーターを務めさせていただきます。
それでは、まずは皆様がテレビでご覧になれなかったリハーサル風景から。
オープニングから第一部の10秒将棋へと、総勢20数名でのリハーサル。まとまるわけがないんですよね、これが。ただでさえわがまま・・・失礼、自由奔放な方が多いのに、皆集まって打ち合わせなんて・・・。
第二部はもっとすごい。私は大先生達に交じって予想屋をやらせていただいたのですが、リハーサルにでたのは、たったの3人!! 他の棋士はいったい何処へ?どうやら、第一部に出演の騎士達が控え室で10秒将棋の練習をしていたようなのです。全く困った先生達ですねェ。
と、その時です。後ろからもの凄い物音が・・・。一瞬、何が起こったのかと、たじろぐ棋士達。舞台の袖に隠れてしまった中原前名人。実は、予想より多くの方が時間前に来て待ってらしたので、予定より早く開場する事になったのです。そのため、お客さんが一斉に入ってきてしまったんですね。でも、このお客様はラッキー。本当なら見る事のできないリハーサルが見られたわけですから。
リハーサルが終わりお弁当を。我々女性陣はメーキャップ。そしていよいよ、本番です。大きな大きなファンファーレ・・・のテープで幕が開きました。
司会はご存知、吉川精一アナウンサー。アシスタントは、将棋界の女王様、林葉直子嬢であります。
公開の場では初のこころみ、10秒将棋。対局者は小林健二八段対高橋道雄九段。そして解説は石田和雄九段、聞き手は藤森奈津子二段です。そしてそして、秒読み係として神吉五段が選ばれたのです。これは、かなりコワソー。
(中略)
しかし、ここから小林八段もねばり、150手にも及ぶ激戦の末、高橋九段が勝利をものにしました。
神吉五段がいきなり7から秒を読んだりと、パフォーマンスを披露。今回は秒が切れても10は読まない方針のようです。
次は田中寅彦八段対塚田泰明八段の対戦です。解説は森けい二九段、聞き手は山田久美二段でした。
(中略)
以下、97手で塚田八段が快勝しました。途中、何度か・・・8、9、9と神吉五段がおどし?をかける場面も見られ、場内大爆笑。山田二段もおもわず「9は何度まで大丈夫なのでしょうかね」と笑ってました。
そして、いよいよ決勝戦。この将棋は谷川浩司王将と私で解説させていただきました。
谷川先生は、一見インテリ風で(すみません)あまり冗談など言わないタイプと思われてる方も多いでしょう。実は私もつい最近までそう思っていたんです。
ところが、まあ口がお悪いこと。この決勝戦では楽屋の裏話を次々と暴露。
高橋九段に敗れた小林八段と、
「やっぱり中年はダメだねぇ」
というお話をされたとか、リハーサル中になっていた10秒将棋の練習では、塚田八段が一度も高橋九段に勝てなかったとか。きわめつけは、その10秒将棋の練習で一番強かったのは秒を読んでいる神吉五段で、
「どーでもいい将棋は強いんですよねぇ、神吉五段は」
谷川王将の意外? な一面に観客は大爆笑の連続、親しみを持たれたのでは!?
(中略)
△7七金と打ち込み、塚田八段が寄せ切りました。塚田八段は本番までツキをタメていたようですね。
これでひとまず第一部が終わり、休憩を挟んで第二部の次の一手名人戦へ。対局者はもちろん、実力ナンバー1とナンバー2の二人(どちらがどうとは申しません)、米長名人対羽生竜王の一戦です。
(中略)
振り駒の結果、米長名人が先手番になりました。持ち時間はなく、初手から30秒将棋です。
解説は中原前名人、聞き手は私から王位を奪い去ったにくらしい・・・イエ、かわいらしい清水市代ちゃん、そして、候補手を書いてくれるのは、書道七段の腕前、高群佐知子初段です。
実は、リハーサル中に、さっちゃんから「8は筆で書きにくいから、8筋の候補手は言わないで」と、とんでもないお願いをされてしまったのであります。
(以下略)
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意外な人が毒舌だったりすると、新鮮でなかなか面白いものだ。
中井広恵女流名人(当時)の文章も、いつもとはトーンが変わって毒舌調になっており、これもまた楽しい。
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Wikipediaには、故・小沢昭一さんは「えぐったあとに笑いがくるのが毒舌。えぐるだけじゃあ駄目」と発言している」と言っていたと書かれている。
毒舌を言う相手に対して毒舌を言う人が愛情を持っていれば、毒舌のあとに笑いが生まれるのは確かなことだと思う。