阿久津主税八段が奨励会試験を受けた日

将棋世界1994年10月号、鈴木輝彦七段(当時)の「対局室25時 in 東京将棋会館」より。

 いつものように千駄ヶ谷駅前交差点に立っていると、「よっ」とうしろから声を掛けられた。誰かと思って振り返ると先輩の滝さんだった。

 これだけならどうという事もないが、いでたちが平凡な開襟シャツだったので「今日は何ですか」と思わず訊いてしまった。

 というのも、レッスンの多い滝さんは、ネクタイ姿かそれなりの格好をしている事が多く、この日のような服装はあまり見掛けないからだ。ごくたまに、公営ギャンブルの帰りなのか「どうにでもしてくれ」という格好もあったりするが、これはこれで特に驚く事ではないのだが……。

 「今日は、最初で最後の弟子の奨励会試験なんだ」と滝さんは答えてくれた。

 今頃に、年一回の奨励会試験がある事は知っていたが、この日18日だったとは全く知らずにいた。試験を受ける弟子がいなければ、つい無関心になってしまうようだ。

 それはそれとして、弟子を持つ身の師匠としては複雑な心境ではないかとお察しする。もちろん、弟子の合格を祈らない師匠はいないが、合格したとしても先の事は誰にも判らないのである。

 名伯楽といわれた人が「A級八段は間違いない」と太鼓判を押して入会したけれど、初段にもなれずに退会した子もいた。本人も責められないし、誰に責任があるという物でもないが、厳しい現実を無視する事はできないと思う。

 合格者がどんなに優秀でも、7割から8割の人はふるいにかけられてしまうのだ。

 別の門下ではあるが、辞める時の相談を受けた事もあった。その子も含め、一緒に戦った奨励会時代の人達の事を思うと、今でも胸が締め付けられるような気になってしまう。みんな、どうしているのだろうか。

 滝さんの認識は私よりもさらに厳しいらしく、「両親には言っておいたんだ。棋士になっても一生食べられる保証はないって」と言った事でも判る。

 4階の大広間は、その奨励会の試験に充てられていた。普段の公式戦を第二対局室にしていた事でも、連盟の「未来の鳳凰」に対する扱いが分かろうというものだ。奨励会員は連盟の財産であり、将棋の命を継ぐ人達でもある。

 と言う訳で、今日は特別対局室から見る事になった。

(中略)

 対局を一巡後、大広間にいた奨励会幹事の小林君に今回の様子を訊いてみる。

 受験者は27名で、だいたい14、15名が合格するのではないか、との事だった。

 27名という数をどう見るかは意見の分かれるところだが、半分強の合格率であれば、まあまあなのではないだろうか。10年程前には受験者が殺到して、県代表クラスの実力者でも落ちる事があった。その頃は一浪も普通で「奨励会受験浪人」なる言葉もあったほどだ。

 今ぐらいであれば、自分の運を試すには丁度いいと思われるのだが。

 それにしても、つくづく将棋は強くなるのが大変なゲームだと痛感してしまう。

 アマでは敵なしの所から、もう大駒一枚強くならないとプロにはなれない。その大駒のために、時間も空間も飲み込まれてしまうのである。

(中略)

 テレビが9図を迎えた頃になると、雑談好きな棋士がいなくなり、私も少し手持ちぶさたになってしまった。

 といって、棋士がいなくなった訳ではない。奥の方で飯野六段が棋譜を並べていれば、テレビの横で泉六段と小野七段が詰めパラの難解作を解き、中央では桐谷六段が原稿用の棋譜を作っていた。

 全員が30代以上の中堅棋士ではあるが、勉強に余念がない姿であった。これだけで、年々ハイレベルになっている将棋界を雄弁に物語っているだろう。

 一人だけ仕事で盤面を動かしていた桐谷さんが、皆と違うのを思ったのか「弱い棋士はブスなホステスさんと同じで、ただ座っているだけでは食べていけない」と冗談を言って笑わせた。

(以下略)

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滝誠一郎七段(当時)が「最初で最後の弟子」と言ったのは、小学6年生の頃の阿久津主税八段のこと。

この日の奨励会試験は、渡辺明少年(10歳)、橋本崇載少年(11歳)、佐藤慎一少年(12歳)、現在囲碁将棋チャンネルで活躍中の田中誠少年(13歳)も受験している。

関東では9名の新入会となり、9名中5名が小学生だった。

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この日の対局は、

特別対局室で、大内-丸山戦、安西-石田戦。

第二対局室で、佐藤(義)-三浦戦、神谷-青野戦、石川-武者野戦、豊川-中井女流戦が行われていた。

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桐谷広人六段は、将棋世界「公式棋戦の動き」を担当していたので、その検討の最中。

古来より、銀座のクラブのナンバーワンホステスは、決して美人ではなく、気立て、気働き、コミュニケーション力などに優れた女性がなっていたと言われている。

また、1978年に出版された朝日新聞社会部著の「新銀座八丁」には、銀行は、美人のママが経営しているクラブには融資を控えていたと書かれている。

ママが美人だと、自分よりも美人の子は採用しなくなる傾向があり、徐々に店に閑古鳥が鳴いてくる、というのが大きな理由らしい。

ナンバーワンホステスの傾向と銀行の融資方針、経営的には一見矛盾するように見えるが、いろいろなタイプの女性がいなければうまくいかない、というのが真実なのだろう。

新銀座八丁 (1978年)
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