将棋世界1994年9月号、天野竜太郎さんの第64期棋聖戦〔谷川浩司王将-羽生善治棋聖〕第3局観戦記「異次元の戦い」より。
1図からの指し手
△8五金▲同桂△8二銀▲8四馬△6四飛(2図)
本譜は、羽生の△8五金からの意表の展開(控え室にとって)となっていく。この手では、一見すると△8二歩で馬が捕れそうに思えるのだが、▲7四馬△同銀▲8九金!で飛車が死んでしまう。この局面は振り飛車良し。
で、仕方のない△8五金(控え室ではそう見えた)に▲同桂。この桂が活躍できるので振り飛車が調子良さそうに思えたのだが。
それに対する△8二銀も、う~んと思ってしまう手。こんなところに行っていいのという感じでもっぱら△6四銀が検討されていた。
2図の次の一手を見て歓声が上がった。
2図以下の指し手
▲6五歩△8四飛▲6六角△3三角▲8四角△9八飛成▲5八金打△6一香(3図)
▲6五歩!
なんてかっこいい手なんだろう。
羽生に馬を取らせて、▲6六角の詰めろ飛車取りで飛車を奪う。馬よりは飛車のほうが敵陣を攻略するには便利そうだし、8四の角が自陣の4八のラインに利いてくる。
二人は、どの辺りからこの手を読みに入れていたのだろうか。
この手を見て「一手多く読むということ」という島八段の言葉を思い出した。
少しだけ谷川の射程距離が長かったのではないか。この手を羽生よりもわずかだが、前から読んでいたのではないかと。何となく2年前のロンドンでの竜王戦の谷川のかっこいい終盤を思い出したりした。
ところが、相変わらず局面の均衡は保たれていたようだ。
3図の△6一香が谷川が見落としていたという手。
(以下略)
—–
谷川浩司王将(当時)と羽生善治五冠(当時)の虚々実々の応酬。
2図からの▲6五歩があまりにも格好いい。
このような手を一度でも指してみたい。
しかし、これは羽生棋聖にとっても承知の手順。
△8二銀と引いたのも▲7一飛と打たれるのを防ぐ狙いであったことがわかる。
この対局は羽生棋聖が勝つことになるが、先手が升田幸三実力制第四代名人、後手が大山康晴十五世名人のような趣きがある戦いだ。