谷川浩司王将(当時)「まさか、知っててわざと言ってるんじゃないだろうね」

将棋世界1994年9月号、谷川浩司王将(当時)の自戦記〔第15回JT杯将棋日本シリーズ一回戦 塚田泰明八段-谷川浩司王将〕「二回戦の相手は誰」より。

棋聖戦第4局。将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

 今年の日本シリーズは、六年ぶりに一回戦からの参加となった。

 四月の段階で出場棋士を決めるわけだが、今年の日本シリーズでの席次は、前年優勝の郷田五段、米長名人、佐藤竜王、羽生四冠王、私の順で、第五位の私にはシード権がないのである。

 これは、昨年決勝で負けた事、タイトル戦で勝てなかった事に問題がある。

 来期は絶対に、シード権を取りもどさなければいけない。

 四月下旬に、トーナメント表が送られてきた。

 一回戦は塚田八段か。まずは相性の良い相手だな。これに勝つと、二回戦の相手は―。

 私の予感は的中した。

(中略)

 歓迎レセプションは6時半から行われたが、これが今期名人戦第1局の前夜祭と同じホテル。会場まで同じだった。

 この時カメラを向けられていたのは、当然ながら米長名人と羽生挑戦者。つらい時間を過ごした事を思い出してしまった。

 パーティーの後、塚田八段、中井女流名人らと飲みに行く。

 気持ちよく飲んでいると、中井さんに「棋聖戦はどうだったんですか」と聞かれて絶句。

 新聞に結果が出ていなかったとか。だからと言って、本人に聞く事はないと思うんだけど。

 数分後、某倉敷藤花の話題から、ヨーロッパ、そして今年の秋にパリで行われる竜王戦の話になる。ここでまた、女流名人の失言。

 「谷川先生は、竜王戦残っているんですよね」

 まさか、知っててわざと言ってるんじゃないだろうね。

 うさ晴らし、というわけでもないが、久しぶりに何曲か歌って、1時前にホテルにもどる。

 次の日は10時頃起床。NHK杯でも見よう、とスイッチを入れると―。

 解説は羽生名人でありました。

(中略)

 ただ、塚田八段の粘りに手こずったのと、私の方も慎重になりすぎた事もあって、6図から68手もかかってしまった。

 序盤が無雑作だった事と合わせて、本局の反省材料である。

 さて、二回戦の相手はもちろん羽生名人。9月25日に札幌で行われる。

 中井女流名人にもしっかり発破をかけてもらった事だし、頑張りたい。

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谷川浩司王将(当時)が開き直ったというか吹っ切れたというか、自虐的な表現を使いながらも羽生善治五冠(当時)への闘志を込めた自戦記だ。

時系列的には、1994年7月17日にこの対局が行われている。

7月14日に棋聖戦第4局が行われ羽生善治棋聖が谷川浩司王将の挑戦を退け、防衛を果たしている。

5月16日、竜王戦1組出場者決定戦で谷川王将は羽生四冠に敗れ、決勝トーナメントへ進むことができなかった。

羽生五冠に棋聖戦五番勝負で敗れ、竜王戦で敗れ、対局の日の午前中にNHK杯戦を見たら解説が羽生五冠だったという……

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この期のJT杯では、2回戦で谷川王将は羽生五冠に敗れてしまう。

優勝するのは1993年度に引き続き郷田真隆五段(当時)。

翌1995年度も郷田五段が優勝。

谷川浩司九段は、その後の1996年度と1997年度に2年連続JT杯優勝を果たすことになる。