羽生善治五冠(当時)「また使わせて頂きます」

将棋世界1995年1月号、鈴木輝彦七段(当時)の「矢倉中飛車の美学」より。

 今月の新年号からは、対局風景を離れて本業の講座を書かせて頂く事になった。

(中略)

 今回は私の得意戦法でもあり、また違った意味で一年間全力投球する心づもりである。どうか、ご愛読よろしくお願いしたいと思う。

 ともあれ、「矢倉中飛車」の講座とくれば、現棋界で私しかいない、と胸を張って言う事ができる。否、これでは足りず、他に適任者がいない、と言っても過言ではないだろう。

 これは、特に自慢する事ではなく、プロ棋士の殆どの人が指していないから仕方ない。これも、大げさではなく、プロの公式戦でここ30年近くは見向きもされず、研究も関心も払われなかったといえる。

 もし、酔狂な私が指していなかったとしたら、戦法として絶滅していたかもしれない。

 奨励会の有段者時代から20年位指しているけれど、指すのを止めようと思った事も少なからずあった。六段で低迷していた頃、穴熊等の堅い玉で勝ちまくる田中寅彦君に「矢倉中飛車はプロの指す将棋じゃないですよ」と言われた事はまだいいとして、女房に「矢倉チュウ飛車だけは止めて」と言われたのには参った。

 女房は将棋を知らないが、いつも新聞紙上で私が矢倉チュウ飛車で負けているのが気になったのだろう。

 それはともかく、矢倉中飛車に愛する受け方が進歩した事も事実であり、その上、多少良くなっても薄い玉なので勝ち切れないでいた。

 しかし、序・中盤で将棋を良くして勝つのは私の理想でもあり、愛着を捨て切れずにいたのである。そして、ここ数年は、たとえ勝てなくても、矢倉中飛車に殉じようとまで思っていたのだ。

 ところが、1年程前に、竜王を獲る前の佐藤康光君が森内君との大事な順位戦で指した頃から、少しずつ若手の間で指されるようになってきた。

 その将棋は、同じ日の対局で見ていたが、終盤の一失で佐藤君が敗れた。よくある負けパターンで、「佐藤君をもってしてもダメか」と私も肩を落とした。

 将棋の結果は凶と出たが、驚いた事に「佐藤程の者が指すからには何かあるに違いない」と俄然注目を浴び始めたのである。よくある名の、鈴木と佐藤ではこうも違うのか。

 今年に入り、矢倉中飛車で佐藤、郷田が勝てば、「最悪の戦法」と言っていた森下までが指し出している。そして、極めつけは竜王戦の挑決で羽生五冠王が指した事である。

 加えて、最近のA級順位戦では矢倉中飛車が一番多く紙上を飾るようになっている。こうなると、一種の流行といえるかもしれない。

 もう、私のオリジナル戦法とはいえないが、自分の分身のような戦法であるだけに、この流行は嬉しい限りだ。

 矢倉中飛車を指し続けてきて、一番嬉しかった事はこれで、二番目はB1への昇級決定戦で、勝てないと思った脇君に勝てた事である。

 三番目は最近で、羽生名人から「また使わせて頂きます」とフルーツの詰め合わせを贈ってもらった事だ。11月号につまらない事を書いて気を使わせてしまったと悔やんだが、やはり嬉しい事であった。

 旧来の矢倉中飛車は力戦型で定跡もなく、苦労して最新の矢倉中飛車の土台の定跡を創ってきたと思う自負が、棋士寿命を延ばしてくれるような気がしている。これが、本当の一番かもしれない。

(以下略)

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将棋の戦法に限らず、鈴木輝彦七段(当時)のような、あるテーマに非常に思い入れのある人たちが、新しい分野を発展させる。

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羽生善治五冠(当時)からの矢倉中飛車へのお礼も、とてもいい話だ。

「矢倉チュウ飛車だけは止めて」と言った奥様にとっても、素晴らしいプレゼントになったことだろう。

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「よくある名の、鈴木と佐藤ではこうも違うのか」は、絶妙な表現。

明治安田生命の2013年の調査によると(加入者596.4万人が対象)、姓のトップ3は、

佐藤(1.54%)、鈴木(1.47%)、高橋(1.14%)。

まさに、鈴木は2位、佐藤は1位。

ちなみに3位以降は、

田中、渡辺、伊藤、中村、小林、山本、加藤、吉田、山田、佐々木、山口、松本、井上、斎藤、木村、林、清水、中島、山崎、森、阿部、池田、斉藤、橋本、石川、山下、小川……と続く。

20位の「清水」までは、その姓を持つ棋士・女流棋士が在籍しているが、21位の「中島」で途切れている。

22位以降も続くだけに、少しだけ惜しい。

 

 

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