加藤一二三八段(当時)インタビュー

将棋世界1972年4月号、連載対談「一分将棋は苦しくない」より。

ゲストは加藤一二三八段(当時)、聞き手は石垣純二さん(医事評論家)。

石垣「先日はどうも。あなたに二枚落ち銀多伝戦法をご指導していただいたおかげで米長八段に勝ち”石垣もなかなかやるナー”と面目を保ちましたよ」

加藤「それはよかったですね。私は30分ほどの定跡解説だけでしたから、はたして巧くいくかどうか心配でしたが……」

石垣「定跡というものは恐ろしいものですね。30年ほど前に木村名人の『将棋大観』で銀多伝を見ただけでしたから、加藤さんに教わって本当によかった。ありがとうございました」

加藤「定跡を知っていると中盤まで自分の力以上で戦えますものね。あの米長八段との将棋もお見事でしたが、私との二枚落ちも先生がお負けになりましたけど、いい将棋でしたよ」

本誌注 石垣ドクターは、本誌3月号の米長八段との二枚落ち戦に備えて、1月2日、おりから帝国ホテルで催されていた将棋教室に参加され、加藤八段の特訓を受けたというのである。

一分将棋を打診する

石垣「さて、どうもいきなり尋問めいて申し訳ないんですけど、なんとしても棋界の七不思議ですので、あなたの一分将棋のことからお伺い致したいのです。いつか呉清源さんが”序盤ではいくら読んでも読んでも読み切れないもんだ、そういうときは私は勘で打つ”といっていました。これは素人考えでしょうが、将棋の序盤でも同じだろうと思うんです。が、加藤さんの対局姿を見ると、なんとしても読み切ってやろうという決意のごとく感じられるのですが……」

加藤「私はどういうものか、駒と駒がぶつかりあわないと手が早く映らないのです」

石垣「しかし、NHK杯戦でも優勝されているんでしょ」

加藤「ええ、ラジオのとき1回と、テレビになってから1回」

石垣「そうしてみますと、やはり早指しのほうだと思うんですがね。そういう方がどうして中盤にして一分にまで自分を追い込むのか……。ご自分では”苦しくないから一分将棋をやる”といわれているので、それはわかるのですが、それにしても理解できないんですよ私は。今日は突っ込んだところを聞かせてください」

加藤「ハァーそうですかー。私が考えるようになったのは八段になって1、2年ぐらいしてからでしょうか。一時期なら迷うことがあっても、そう話題にならないのでしょうがあまりに長いので……(笑)多くの人にいわれるんだと思うんです。自分としても、いまの姿がいいとは思ってはいません」

石垣「そうすると、一分将棋はトンネルを抜ける一時期の現象ということですか」

加藤「確かに時間に追われてあらた勝ち将棋も敗けたこともあるんですけど、一分でも巧くリズムに乗るとスイスイ調子よく指せるんですね。そういうこともあるから、いつまでもやめられないのかもしれません」(笑)

石垣「しかし、日経王座戦の中原さんとの将棋のように、中盤でボロ勝ちの局面で、もし時間があれば当然勝っていたと思うんですが、一分将棋であるがために、ジリジリ入玉されてしまったのではないですか―。あのとき”時間があったらナー”という悔いが生まれませんでしたか」

加藤「あれは時間がないためにミスしたのではなくて、対局心理といいますか、こうやれば勝ちだという手が閃いていながら、それよりも、もっとこっちの方が安全だと思って指して結局負けてしまった。つまり一分将棋でも気持ちさえしっかりしておれば勝っていたにちがいないということで、私の意志の問題だと反省しています」

石垣「勝負ということを中心に考えますとエネルギーと時間の配分の戦いだと感じるんですけど―。大山名人などは序盤はエネルギーを使わずに終盤に残す努力を意識的にやっておられるようだし、だれもが時間の配分が勝負の一番大きな要素だと思っているときに、あなただけがガンコに自分のペースを替えないで、なにを読んでいるのか序盤でトコトン読んでおられる……。そのときの心境はもらしにくいもんですか」

加藤「私が時間に追われる一つの原因は、自分と相手の考え方が大体同じだと思っている錯覚があるんだと思うんです。つまり自分の頭の中ではお互いの最善の手を読んでいっているわけです。ところが私が読んだ以外の意表な手を指してくることがあり、それが意表の手でありながら、それがけっこう立派な手であることがあるんです。そういうときに判断が誤りやすくなるわけですね」

石垣「そうすると、あなたの読みと一致する人と、意表を衝くタイプの人があるわけですね。その両極端の代表的な棋士はだれですか―」

加藤「いままでのところ、やはり大山名人と升田九段がちがいますね」

石垣「花村さんなんかどうですか。あの方は対談のとき加藤さんが知性派で、自分は直感派だなんていっていましたけど―」

加藤「花村八段も発想が奇抜なところがあるので、特に時間のないときはこわいですね。もっとも私が知性派といわれたのは、よく考えるところを指されてのことでしょうが、その言葉を聞くといやでも時間の配分を工夫して、期待にこたえなければという気になりますね」(笑)

(中略)

石垣「苦しくないと本人がおっしゃるんだから信用しなくてはならないのですが、30秒-40秒-と読まれて苦しくないはずがない(笑)という気がするんですがね。苦しくないというのはどういうことですかね」

加藤「うーん―。ボクの将棋の考え方としては、一応手というものは直感でわかっているんだと、パッと局面を見たとき、こうだというのが映らなくてはダメなんです。相手に指された瞬間にとっさの判断で返しワザが浮かんでいるようでなければ……。時間があれば検討していられるのですけどね」

石垣「読みのウラづけをすることができない直感を信頼して指すというのは、これは専門家としては愉快なことではないはずですね」

加藤「エェー」

石垣「それを毎回するというのはどういうわけですか」(笑)

加藤「ですから、現在は壁にぶつかっている感じで、なんとかしたいと思っているのです。が、さて、具体的にどう改善していくのがよいか。これがボクの課題だと思っています」

石垣「升田九段は米長八段とあなたを高く評価しているようですが、あなたに忠告はありませんか」

加藤「あるんです。いつまでも一分将棋をしているのはおかしい―と升田先生一流の愛情のこもった表現でいわれるわけです」(笑)

石垣「升田先生はハッキリ云いますからねえ」(笑)

加藤「そういう時期は誰にでもあるもんだがいつまでやっているのか、長すぎるといわれるのです」(笑)

石垣「ホレて通うのは男の特長だけど、いつまでもベタベタしているのはおかしいというのと同じですかね(笑)ところが、あなたの勘で、これをふっ切るのはいつごろですか―」

加藤「うーん―そうですね」(しばらく絶句)

石垣「アイ・ドント・ノーですか」

加藤「まあ、なるべく早い時期に切り替えたいと思ってはいますけど」

石垣「それでいてちゃんとA級を保持されているんですから、やっぱりフシギな人ですね。あなたは―」

(中略)

同い歳結婚は理想

石垣「ところで奥様とは高校の同級生ですって」

加藤「ハイ。京都府立木津高校で……」

石垣「これは私ども医者として同い歳結婚が理想だと医学的にいくつかの理由があっていえるもんですからね『結婚するなら同年の相手を探せ!』と年中講演したり、文章に書いていますことを加藤さんが、ちゃんと実行されていますし、また米長さんもそうですよね。あの人も8年かかって同級生をくどいたというんだから辛抱のいい人ですよね(笑)。ご結婚のいきさつは……」

加藤「学校で時々ノートをかりたりしたことがありましたが、それは本筋とは関係のないことのようですね。結婚というのは神秘的なことですから」

石垣「結婚にふみきられるまでどのくらいの交際期間でしたか」

加藤「ほぼ2年ぐらいでした」

石垣「それは早いほうですね。その時分から奥様はカソリックでしたか」

加藤「いや関心はありましたが洗礼はまだ受けていませんでした」

石垣「信仰というものの動機はたいていが近親の不幸とか、自分の仕事の悩みが多いのに、加藤さんのように棋士として順調にこられた人が宗教に興味を持たれたというのはなんですかね」

加藤「信仰をいただく道筋は、人さまざまだろうと思います。身近に接する人の影響も、大きいのではないでしょうか。私の場合は、24歳の頃に、自分は小さい時に将棋を覚えて、いままでかなりの時間を過ごしてきたので、この辺で生涯にわたる宗教を持つべきではないだろうか、と希望したのが動機といえば動機になっています」

石垣「入信して将棋にプラスになりましたか」

加藤「いい仕事をしなければ本物ではないと思いますので、そのように努力していきたいですね」

石垣「夫婦間で宗教のことを話しますか」

加藤「いま私は上智大学の河野神父と時永神父に聖書研究を習っていますが、神父の話を聞くのはいつも深さと迫力を感じるので好きです。また、妻の方は子供がお世話になっている学校で神父や、修道女の話を聞いてくるものですから自然に宗教のことを話しあいますね」

石垣「加藤さんと宗教、私にはフシギなものを感じます。本当に…」

対局と著書と健康と

石垣「この対談に際しましてあなたの本を全部読んでみたのですが、なかでも『棒銀の闘い』は変化までびっしり書いてあって読めば角一枚強くなると思いました。が、指し手に重点がおかれているせいか数学書を読むようで情緒がないな―という感じがしたんですが……」

加藤「私は将棋の本で将棋の面白さがわかったという思い出があるものですから、いまでも本には関心があるんですよ。そこでアマチュアの人が将棋を楽しく指して充実した時間を過ごすには、指し方の具体的な方法がわかっていたほうがよいと考えてできるだけ手について書いたわけなんです」

石垣「確かに指し手については詳しいですね。あのくらい詳しいと奨励会あたりも参考になるんじゃないかな、いや仲間うちでも読む人がいるかもしれませんよ。前号で塚田九段も横歩取りを雑誌に書いている手前、米長八段との実戦にエーイと指して負けちゃったといっていましたが、手のうちを公開しては勝負師としては賢明ではないんじゃないですかね」

加藤「プロは本に書かれているくらいのことは皆知っていますよ(笑)本当の勝負はそんなところでつくものではないと思いますね」

(中略)

石垣「この連載対談をやるようになってから将棋連盟に伺うたびに多くの棋士に会うのですが、どうも顔色の冴えない人が多いのに、加藤さんは健康そのもののような顔をされている。生活でどういう注意をされているんですか」

加藤「特別な健康法はありません。ある人が、私の顔を見て、ピンさんは将棋指しているのが一番楽しいのではないかといっていましたが、そんな顔なんですかね」

石垣「エネルギーを秘めた顔をしていますよ」

加藤「そうですか。なんとなく身体に自信があるので一分将棋がなおらないのかもしれませんね。もうちょっと知性的将棋にしていきましょう」

石垣「一分将棋とともに、これまたフシギな人ですね、加藤さんは……」

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加藤一二三九段が32歳の頃の対談。

加藤一二三九段が色紙などに揮毫する「直感精読」のバックボーンがよく理解できる。

この頃は、加藤一二三八段(当時)は大山康晴十五世名人などから「ピンさん」と呼ばれていた。

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今日と来週のNHK将棋フォーカスの特集は「加藤一二三伝説」。

この対談の頃は、まだ盤外の伝説のエピソードの数々は生まれていない。

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話に出てくる上智大学の河野神父は河野純徳神父。

河野神父は上智大学の総務担当理事、上智カトリック・セツルメントなどを務め、聖フランシスコ・ザビエル全書簡を訳している。

戦中、潜水艦の機関長をしていたという経歴を持つ人間味あふれる神父だったという。

追想 河野 純徳(義祐)先生(上智学院財務局募金室公式ホームページ)

時永神父は時永正夫神父。

時永神父は、上智大学外国語学部教授、総務部長、人事部長、上智学院理事補佐など勤めている。

特別調達庁、人事院(第1回国家公務員試験合格)に勤務していたが、肺結核のため休職後、30歳の時に聖イグナチオ教会で受洗したという経歴で、やはり人間味あふれる神父だったと言われている。

ペトロ時永正夫 S.J.

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11月25日に『加藤一二三名局集』が刊行される。

Amazon.co.jp限定と表示されているが、Amazonでしか買えないということではなく、Amazon.co.jpで紙版を購入した場合、

・加藤一二三九段が念願の名人獲得を決めた第40期名人戦七番勝負第8局千日手指し直し局の手書き原稿のPDFファイル

・第1部自戦記編全11局の棋譜ファイル(csa形式)

の2種類のファイルをダウンロードできる特典が付くというもの。

出版元のマイナビ(マイナビBOOKS)で購入した場合には別の特典(数量限定・先着順で加藤一二三九段のサイン入り書籍)が付く。→マイナビBOOKS

 

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