天野貴元三段(当時)の「八十一格の青春」

将棋世界2003年2月号付録、「八十一格の青春 奨励会三段28人 次の一手集」より。

天野貴元三段

あまの よしもと

昭和60年10月5日、東京生まれ。
平成8年、6級で奨励会入会。石田和雄九段門下。
平成12年初段、14年三段。
尊敬する棋士は島朗八段。
得意戦法は棒銀。血液型A型。

天野1

●ヒント●

三段リーグ3局目

 初の大阪での対戦相手は阪口悟三段。中飛車のスペシャリストと聞いていたが本局は阪口三段の四間飛車に私の棒銀。難解な終盤のなか指した次の手が相手のうっかりを誘った。

●解答●

▲6二歩(解答図)

天野2

 ▲6二歩は詰めろではない。阪口三段は△4四金と指したがこれも詰めろではなく、▲6一歩成として勝負あった。以下実戦は、△同銀▲2二竜△6二歩▲7一銀△同玉▲6三桂△7二玉▲8二金△同玉▲7一角△7二玉▲6二角成△同銀▲8二金△6三玉▲4一角(投了図)となり、阪口三段は投了した。

天野3

 対局中は△4四金のところ△7一金として、▲2一竜△3八竜で後手玉が詰まないから負けだと思っていた。しかし後で研究したらその局面はかなり際どい詰めろだったので、どうやら問題図の局面は勝っていたようだ。

 奨励会に入ってもう6年が経つ。4級から5級に降級したり、その勢いで6級降級の一番までいったけどなんとか凌いだり、3級昇級の一番を2回逃したり、15歳の時救急車で運ばれたり、いろんなことがあったが、何とか三段まで来た。いつだったかは覚えていないが、ある棋士に「天野君、3期以内が勝負ですよ」と言われたことがある。もし3期以内で抜けられればその時僕は18歳。タイトルだって狙える。でも将棋が強くなる薬が売ってる訳じゃないから結局は自分の努力次第。必勝戦法があれば冷凍庫にでもしまっておいて大事な時にレンジでチンすりゃいいけど、ないのかもね(気付くの遅いっつーの!)。

 では一句。

 「努力して三段リーグをレンジでチン!」

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17歳の天野貴元三段(当時)、三段リーグ1期目の時に書かれた記事。

順調なペースで三段に昇段した天野さんだったが、その後、あと一歩で四段昇段というチャンスが何度かあったものの、26歳の年齢制限により2012年3月、奨励会を退会。

退会後、失意のままに新しい人生を歩み始めた天野さんに、末期がんの宣告というさらなる試練が待ち受ける。

舌をほとんど摘出する大手術と、そこからの更なる新しい出発。

天野さんは、現在、がんと闘いながら将棋の普及活動に尽力し、アマチュア棋戦でも活躍し、奨励会時代から現在までのことを書き上げた「オール・イン」も執筆した。

「オール・イン」は今回の将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞を受賞している。

将棋ペンクラブ大賞最終選考会では次のような評があった。

木村晋介さん(弁護士・エッセイスト・将棋ペンクラブ会長)

 これはノンフィクションなんです。それも壮絶な内容です。まず、これだけ人を傷つけずに書けるというのはすごい才能だと思いました。通常これだけ書いたら、他の人を傷つけてしまうものです。そうかといって傷つけまいと思って書くと、面白く書けない。むずかしいんです。

 奨励会、それからそのあとに襲ってくる、死を覚悟しなければならないような舌癌の話です。それを悟りの境地みたいに突き抜けていくのですが、まるでフィクションかと思ってしまうくらいです。でも、フィクションにはない力を持っているのです。そこに私は打たれました。この本には癒やす力もあると思います。

所司和晴七段

 将棋を覚えてから、癌の闘病までの実録ですよね。奨励会を退会になったあとに二十代で生死をかけた大病で、たいへんつらい境遇になってしまったのですが、本を読むと、悲壮感よりもさわやかな読後感を持ちました。常に困難を前にしても前向きにがんばっていて、人間的に大きく成長している、と印象づけられます。しかし途中で不良少年時代の面白い話もたくさん出てきて、固い内容にはなっていません。

西上心太さん(文芸評論家)

 16歳で三段になって、四段になれなくて退会したら、命に関わる大病をして、なんとか手術は成功してという、それこそフィクションみたいな話なのですが、もし小説で書いたら、劇的すぎてなんだって言われちゃうと思います。文章もうまいですし、これだけ書いても人をいやな思いにさせない。

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昨年の10月27日、社会人団体リーグ戦最終戦で、私が所属している将棋ペンクラブチームが、昨年度初出場の、天野さん率いる天野チルドレンチームと対戦した。

私の対戦相手は天野貴元さん。手術後、退院をしてから3ヵ月後のことだった。

元奨励会三段の方に教えてもらえるチャンスなど滅多にないし、とても光栄なことだと思い、普段は早指しの私もじっくり考えながら指した。

もちろん私が負けるわけだが、とても気持ちの良い斬られ方だった。

感想戦では天野さんが筆談ボードを使いながら、いろいろと指し手や変化について説明してくれた。

感想戦をしながら、私は、天野さんは誰からも好かれる人だと強く感じた。

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今日(9月14日)、テレビ東京の「HOPE for tomorrow」(22時48分~22時54分)に天野貴元さんが登場する。

番組ホームページ

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また、天野さんの師匠である石田和雄九段も、天野さんの将棋ペンクラブ大賞受賞のことについて、柏将棋センターのホームページで書いている。

石田九段の今週のつぶやき

石田和雄九段には、今週の将棋ペンクラブ大賞贈呈式で乾杯の音頭をとっていただくことになっている。

 

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