河口俊彦七段(当時)「先生は八十になられましたか」

将棋世界2002年5月号、河口俊彦七段(当時)の第60期A級順位戦最終局「森内、2度目の名人位挑戦」より。

 注目されたのは三局。挑戦権を争う藤井九段対森内八段戦と、降級争いの、羽生竜王対先崎八段戦、それに加藤九段対三浦八段戦。とりわけファンに関心を持たれたのは、羽生対先崎戦だった。

 二人とも人気が高い。いつか紹介したが、順位戦の後半になってから先崎が酒を断った話など、よき時代の棋士気質を思わせるではないか。心情的に、ここは先崎に勝たせたい、と思っていたファンが多かったはずである。

 午後の対局室で見たところ、先崎の表情は、心なしいつもより硬かった。

 例年のように、テレビ中継の設備、新聞社用の控え室などが用意されているが、午後のうちは控え室も閑散としている。

 そこで丸田九段を見かけた。言うまでもなく、将棋界の大長老、順位戦の生き字引みたいな人である。全体的に小さくなったかな、の感じはするが、驚くほど元気だ。挨拶をして、「先生は八十になられましたか」と訊くと、

「君ィ、何言ってんだ。もう八十三だよ」、昔とかわらぬ口ぶりだった。

 正確には覚えていないが、たしか五年か六年くらい前だったと思う。寒い日の朝、師は対局に向かう途中、新宿駅構内で心臓発作を起こして倒れた。すぐ病院に運ばれ、応急処置よろしきをえて元気になられたのだが、病室で意識を回復したときの第一声が「タバコをくれ」だったという。

 丸田九段のタバコ好きは徹底していて、いつもカン入りのピースを吸っていた。(いまの人には、どんなものかわからないでしょうね)そして「私はこのピースを吸っているお陰で、ここまで元気に生きてこられたんだよ」が口ぐせだった。

 そういうことがあって、さっきの、タバコをくれ、の作り話が生まれたのだが、それにしてもよく出来ている。そして、現在はさすがにタバコをやめているそうだ。

 勝負将棋がたくさん戦われる日にふさわしからぬ話になってしまった。

 実は、こんな余談をしているとき、先崎の運命は暗転しはじめていた。

(以下略)

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今日はA級順位戦最終局一斉対局が行われる。

今年に入ってから、1月30日に河口俊彦八段が、2月17日に丸田祐三九段が亡くなられている。

13年前のA級順位戦最終局控え室でのことを読んでいるうちに、あらためて寂しい気持ちになってきた。

 

 

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